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昨日の晩は一晩中、お腹ゴロゴロでゲーリー・クーパー、いやいやゲーリー・オールドマンの方がカッコいいな(何の話じゃ(笑))。あの生焼けな餃子を出した店がイカンのです!(生焼けと感じつつもパクパク食べた私もアホ(^_^;))お陰で夜中、何度も起きたけど、猫さん達はスヤスヤ寝てらっしゃいました。




さて、月に一度の恒例の(毎月月末の予定、、)お薦めクラシックです。今回は第4弾。(以前の記事は2月17日「スカルラッティ」、3月24日「シューマン中毒」、4月25日「シューベルトとブラームス」) やはり本業のピアノのことなので、結構熱弁をふるっておりますがお許しを(^_^;)
しかしパワー切れの今回、どうなることやら~(゜∇゜)




さあさぁ、気を取り直して! 今月のお薦めはフランスの作曲家、ジャン=フィリップ・ラモーです。ラモーはバッハの2年前に生まれたバロック時代の作曲家。ピアノを弾く人にも余り馴染みはありませんが、魅力的な小品を数々残し、その後のドビュッシーやラヴェル、フランク、サンサーンス、フォーレ、プーランク、メシアンと言った華々しいフランス近現代音楽の礎を築きました。




日本ではバロックと言うとバッハが大優先される教育システムなので、同時代のスカルラッティやラモー、クープラン等は聴く機会も極端に少ないのが現状です。しかしバッハの重厚さとは違った、イタリアの明るさとスペインの哀愁漂うスカルラッティ、フランスの洒落た軽やかさと共にフランスの田舎の無骨さや逞しさも感じられるラモーとクープラン。いずれも魅力的です。




バロックでありながら、かなりピアニスティックで洒落ていますが、フランスならではの、柔らかなヴェールの影にシニカルな物を隠している様な、ただ純粋に美しいと言うのとは違う気がします。




このCDはラモーのチェンバロ作品をピアノで弾いたもの。ピアノは青柳いづみこさん。フランス文学者、青柳瑞穂のお孫さんにあたる方です。いづみこさんは私もお世話になった事のある、故 安川加寿子先生の初期の門下生です。(私は最晩年の門下生)安川先生は生後間もなく渡仏しパリで過ごされ、フランス語の方が日本語よりも得意と言う方で、音楽も勿論フランスで教育を受けられたので、戦争で帰国されてから、日本の生徒達にも積極的にフランスの古典から近現代の曲を幅広く弾かせました。




そんなフランスとは所縁の深いいづみこさんの演奏は実に清々しく、1曲めの“鳥のさえずり”から一気に耳と心を惹き付けられます。使用された、古いスタインウェイの響きも透明感があって、いづみこさんのやや硬質な音質とぴったりです。



タイトルの“やさしい訴え”は5曲めに収録。文学、読書好きな方は“あらっ?”と思われた方もいらっしゃるかもしれませんが、“やさしい訴え”は芥川賞作家であり、“博士の愛した数式”の著者としても有名な小川洋子さんの作品。小川さんは、ラモーのこの曲を聴いてこの作品の構想を練られたとか。チェンバロ職人の一人の男性と2人の女の何とも言えない不思議な三角関係。作品の最後にはラモーのこの“やさしい訴え”が静かに紡ぎ出されます。




小川さんの作品は独特な人間の感情が書き出されているものが多いので、好き嫌いがあるかと思います。私は凄く好きとは言えないのですが、あの静謐感と言い強く惹き付けられるものがあるのは確かです。芥川賞受賞作品の“妊娠カレンダー”は短編ながら、まさに小川洋子ワールドがつぶさにわかります。




もともと神経症気味で情緒不安定な姉の妊娠によって振り回される周りの人々の滑稽とも思える行動や、従順に優しく尽くす妹の心の底辺に隠れたトゲ。有害物質でコーティングされている事を知っていながら、グレープフルーツのジャムを姉にせがまれ作って食べさせ続ける妹の下りが、一筋縄ではいかない人間の誰もが持っている心の片隅に渦巻く闇を思い出させます。




この穏やかな優しさの影のトゲの部分がラモー作品と共通するように思います。清々しさの中にある冷たさ。モーツァルトの純粋無垢な美しさの裏に感じる血生臭さともやや似ています。このように感じるのは私だけでしょうか?ちょっと疲れが溜まって病んでいるのか(笑)




ラモー作品は、ピアノがまだ無かった時代に書かれたので、本来はチェンバロで弾かれます。チェンバロは鳥の羽で弦を引っ掻いて音を出す仕組み。ピアノの様な豊かな音量や響きはありません。朗々と胸のうちを歌うことの出来ない楽器なだけに、とても繊細。




ラモーを聴きながら、小川洋子作品を読む。たまには音楽と文学のコラボレーションも面白いかもしれません。

◆やさしい訴え
~ラモー作品集~

ピアノ:青柳いづみこ
AMLレコード


◆やさしい訴え
◆妊娠カレンダー
小川洋子著
共に文春文庫