日本語教師 タイそして中国 -5ページ目

日本語教師 タイそして中国

日本語教師としてタイで2年はたらいのち、青年海外協力隊として中国へ派遣された人のブログ
日常起こることを楽しく紹介できればいいな

本日は中間発表がありました。

人の研究を聞いたり自分の研究を人に発表するために発表できる形に作り直したり、忙しくしていました。

これが終わったからと言って落ち着けるわけではなくて、夏休みの間にたまったレポートを書き始めないといけません。

さて、今日は新しい若者言葉をならいました。

よっとも。

挨拶しかしないような友だちをこう呼ぶそうです。

理にかなっていると言うか、誰が言い出して、どうやって広まったのか不思議です。
昼の1時に、

「昼ごはん食べた?」

と、聞くときと

夜の9時に

「昼ごはん食べた?」

と、聞くのでは何が違うでしょうか。


正解はいいえの返事の仕方。

昼だと

「いいえ、まだ食べていません。」

夜だと

「いいえ、食べませんでした。」

同じ質問なのに返事の仕方が変わるし、意味も微妙に違う。

昼の質問の返事は何時まで使えて、何時になると夜の質問の返事になるのか具体的な時間は決まっていませんが、

「実現想定区間」と言う専門用語があるそうです。

要するに、昼ごはんを食べるという行為が行われるだろうと想定される時間区間の間にその行為をシタかどうか質問すれば

「いいえ、まだしていません。」

の返事になるんだそうです。

なるほどと納得はしますが、それを今後どう活かすか。

「学習者にどうして返事の仕方が2つありますかと聞かれた時に簡単に説明できるように。」

と先生は仰いました。

なるほど。

「すみません」と「ごめんなさい」はどちらが丁寧ですかって話を少し前からしていたんですが、最近はすみませんの意味範囲が広くなりすぎていて内容を変えなければならなくなりました。

親子で歩いていて、子どもがおもちゃを落とした。それを見た後ろを歩いていた男性が、

「すみません。」

と、親子を呼び止めた。すると、その親が男性の手の中のおもちゃを見て、

「すみません。」

こんな光景が成り立つようになりました。ジャンボは万能とか笑っていられなくなってます。

バスを降りる時に、運転手にありがとうを言うかすみませんを言うか、コンビニのレジで店員にありがとうを言うかすみませんを言うか、という話題を昔したことがありました。

その時、誰か忘れましたが高齢の方はすみませんを言う。理由は、「わざわざ手間をかけてしまってごめんなさいね。」と言う詫びの意味だという話に感動を覚えた記憶があります。

これが変化してきて、今は「すみません」があたかも「ありがとう」の意味に転じたかのような使い方をされるようになったんでしょうか。

「(わざわざ私なんかのために、手間を取らせてしまって)すみません。」

きれいな日本語だと思いますが、まぁ、ありがとうと言ったところで意味はほぼ同じですけどね。
行けたら行くは絶対行かない

なんて、関西弁の皮肉でよく扱われていますが、最近同期の徳島県出身の人から

「京都って、『〜し』を接続詞で使いますよね」

と言われました。意識したことなくて、あんまり言ってる意味が分かりませんでしたが、今日バスに乗ってると運転手が使ってました。

乗客と運転手の会話で

「このバス、◯◯行かんの?」

「行くし、大丈夫ですよ。」

おそらく、同期の言ってることはこのことだと思います。聞いた時すごい嬉しかった。

「先行ってるし。」「先食べてるし。」

とかもそうでしょうかね。

最近関西弁を改めて分析する機会が多くて、自分が関西弁を話しているはずなのに分からないことが多くて、面白いです。
この人は新米だから慣れてない。この人は古株だから大丈夫。

と、先生を分類してる先生が居ました。


新米ってよく聞くけど、どうして新しい米が新人をさすんだろう。と思って調べてみました。

諸説あるみたいですが、1番面白かったものは。

新米は元々新しい米と言う意味から来たんではなくて、「新前(しんまえ)」の音の変化から「しんまい」になって、漢字を「新米」にあてたそうです。

新前と言うのは、新しく雇った奉公人が新しい前掛けをする。「新しい前掛け」略して「新前」、「新前」=「新人」という流れだそうで。

江戸時代からある言葉だそうです。
新前の逆が古米じゃないのはなぜでしょう。