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日本語教師 タイそして中国

日本語教師としてタイで2年はたらいのち、青年海外協力隊として中国へ派遣された人のブログ
日常起こることを楽しく紹介できればいいな

英語を勉強している日本人が、勉強した文法を自分なりに解釈して使っているけど、正しく無い使い方をしている。

その時一回きりの間違いや、言い直しする間違いをミステイク。

ずっと間違ったまま使っている間違いをエラーと言いますが、この場合はエラーの方です。

例えば、

「I am a Japanese. I speak an English and a Japanese. I live in a Kyoto」

極端な例ですが、名詞の前には「a」を付けるんだと自分の文法ルールを作ってしまう、これを中間言語と言うそうです。

第二言語学習者にこの中間言語が現れると言うのは勉強したことがありますが、今日はそれは幼児語や私たち成人日本語母語話者にもある、という話を聞きました。

言語は流動的で定まったルールは常じゃ無いという話でしたが、ら抜き言葉も中間言語として扱えるんじゃ無いかという話。

そして、中間言語は周りの正しい母語話者の話の影響で自然に間違いに気付き、修正され目標言語に到達するそう。

だから幼児語も自然に修正されるそうです。

つまり、幼児教育で外国語を勉強させても、周りに正しい話者が居なければ意味がない、ということなのかな。
今朝、病院の待合室で待っている時に、受付の女性二人が話してるのが聞こえてきて、

「あ、それはすみませんです。」

と、聞こえました。

文脈は分からないので、冗談で使ったのかもしれませんが確かに「すみませんでした。」があって、派生で「すみませんです。」が誕生しても不思議ではないなと思いました。

過去形ができて、帳尻合わせに非過去形を作るという方法で定着した方言がありました。詳しくは忘れましたが。

でも、誤用は誤用なんですけど、

とあるホームページには話し言葉としてはありだと書いてありました。

「食べますです。」

とか何でもかんでも語尾にですを付けるアニメキャラならいるかも知れませんが、実際見たら引きます。

すみませんとすいませんもそのホームページによるとすいませんは方言や話し言葉として扱われていました。

実際使われているからそうなんでしょうし、事実東京の方言では「すいません。」は使われているそうです。

関西だと

「すんません。」

ですかね。

「ない」が「(へ)ん」になる(食べない→食べ(へ)ん)し、「ません」が「まへん」になる(食べません→食べまへん)

「すまない。」→「すまん。」

「すみません。」は「すみまへん。」だろう。

「すんまへん。」ってどんなルールだよ。
課題になり得るということで、メモとして残します。

例えば電車で次の駅が京都駅の時、車内アナウンスでは、

「次は京都、次は京都です。」

が一般的でしょうか。

英語だと

「next stop is Kyoto, next stop is Kyoto」

と聞こえてくると思います。

しかし、それは手前の駅を発車した直後のアナウンスだと思うんですよね。

それで、実際に京都に着くためにブレーキし出したくらいで

「京都、京都です。」

と、次はの部分が除かれます。

英語ではどう言うかを注意して聞いてみると

「this is Kyoto, this is Kyoto」

と、言っていました。

日本人の感覚から、未到着の場合いくら京都駅の近くにいても「ここは京都駅です。」というアナウンスが流れると違和感があります。

日本語と英語の指示詞の話です。これでレポート書けるかな。
火曜日はTAと学部用の授業しかなくて、日本語の話はありません。考えれば出てくるかもしれませんが、一応その日のことを書くという目標でやっていきます。

今日はタイトルの授業を聞きました。
テーマは不登校。

不登校の原因で「いじめ」は全体の3%ほどしかないということに驚きました。1番高い値の原因は「いじめを除く友人関係」で18%程度。

いじめを除く友人関係って表現に違和感がありますよね。

いじめの線引きも微妙だし、本人がいじめって言っても学校が認めなかったら原因に入るのかも今日の資料だけでは判断つかず。

先週も似た話を聞きましたが、やっぱりメディアの影響でどうしても

「最近の教育問題はいじめが主流」

となってしまうそうです。

もう戦後すぐにいわゆる不登校が「心理的、身体的または社会的の要因で年間50日以上(週休二日制後は30日以上)欠席した。病気や怪我を除く。」と定義されています。

もちろん、当時の理由では農村部の親が学校に行く必要なんてないと言う「親の不理解」や「経済的理由」と言うのも多くを占めていたようですが、不登校は存在していました。

今増えてきている事はないそうです。

テレビを鵜呑みにせず、データがしっかりしている本や報告をしっかり収集しなければ、自分は何にも知らないなぁと思いました。
授業に出れば座っていればこうしたデータに触れられるので、ありがたいです。
韓国人のクラスメイトに

「昨日両手に花っていう日本語を初めて知りました。知っていましたか?」

と聞かれました。

確かに最近は使わないかも知れませんね。

外国語教師は昔から女性が多く、日本語教師をしていると女性の中に男性1人ということがよくあります。

その逆の紅一点の話をした時に、韓国語でも紅一点と言いますと言ってました。でも、両手に花という表現は韓国語になくて、面白いそうです。

でも、考えてみると、両手に花も紅一点も視点は男性視点ですね。
「(男性の)両手に花」だし、「(男性の中に)紅一点」ですもんね。

ジェンダー的な言葉はやはり自然消滅していくんでしょうか。