この記事は2016年11月に旧ブログ「ひゃっはー日和」に掲載したものを公正したものです。
名称など、現在と違っていることもありますが、ほぼそのまま転載いたします。
2026年現在からの注釈を入れることもあります。
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トンネル抜けたら街だった。
実際、トンネルに入る前は山が際まで来ていて、高低差すっごいところに家が建ってる~っと驚きやら感心やらで歩いていたのですが、抜けたこちら側は高低差はあるものの遠目。
道自体は平たんなものです。
とは言いつつ、目の前の黄色い高架にはバスが通りましたよ~。
ずいぶん斜めになってる高架だな~。
そこへバビューン!と電車が来たのでちょっとビビる。
トンネル抜けたら線路も真横になっておりました。
この先はしばらく国道と線路、並んでいきます。
それで先ほどの高架の下まで来たのですが、やっぱやけに斜めだなあ。
なんでだろーと、下がっている方を見てみたら。
あ、道の終点でしたか。
高速道路とかではなく、一般道だけど大掛かりですな~。
ちょうど国道16号線が先ほどのトンネルに入ったところあたりで線路もトンネルに入ったのですが、この高架は線路の向こう側の道からトンネルの上を越えて、こちらへ延びてきたということのようです。
道路がトンネルを抜けたのと同じような位置で、線路もまた外へ出たのでした。
あとは道なりまっすぐ、てくてくてく。
珍風景とまでは行かないだろうけど珍しかったのでパシャリ
ここはバイクとかの修理屋さんなのですが、その真ん中に細い踏切への道があります。
修理屋さんが先か、道が先か、どっちであろうか?
さらに先の踏切は車も通れる幅ですが、小さいな~。
こういった小さめの踏切がいくつか並んだ地上線。
この先には逗子(ずし)市がありまして、夏に私は京急逗子線沿いを歩いたものでした。
その逗子市と現在地である横須賀市との境目に鷹取山(たかとりやま)という山があるそうな。
ここはロッククライミングをする人には有名な山だそうで、昭和30年代から40年代にかけて、練習に来る若者が増えたそうです。
ただこの山は凝灰岩(ぎょうかいがん)という種類の石が採れることで有名で、大正末期くらいまでは加工がしやすいことから横須賀市や逗子市では家の塀などに利用してきたそうな。
しかし、加工しやすいということはそこそこ柔らかいということ。
なので関東大震災のときに多くの凝灰岩の塀が倒壊し、下敷きになって多くの死傷者が出たそうです。
さらに切り出した石の輸送に使っていた川が地震で隆起して航行困難になったために石材の切り出しは廃れました。
その後、戦争も終わって世の皆様が遊びにも目を向けられる心の余裕ができたころに、鷹取山でのロッククライミングが流行ったのですね。
ただ、元がそういった脆い山なので、現在は鷹取山安全登山協議会へ届け出をしないとロッククライミングしてはいけないらしいです。
やりたい人がいたら、関連のことを調べてから行った方がいいようですよ。
今は山の多くの場所が住宅地に開発されているので、特定の岩場を公園にしたところでしか、できないみたいです。
やがて道路沿いの左右が商店街になりまして、アーケードのおかげで気になっていた雨粒を防いでもらえました。
忘れたころにぱらっと来てたので、傘をさしたりひっこめたり、忙しかったのです。
その屋根の下には黄色い提灯。
えーと。。。かぼちゃじゃなくて、どう見ても日本の提灯のカタチしてるけど、ジャック・オ・ランタン?
その提灯ランタンはずらーっと並んでたくさんぶら下がっておりました。
反対側のアーケードでもケタケタ笑っているようなその顔を見せてます。
提灯に導かれ、またもアーケードの切れ間に駅発見です。
駅表示が見切れてしまいましたが、こちらは追浜駅です。
またも読み方に迷いましたが、「おっぱま」と読むそうです。
よ、よめぬ。。。おいはま、とか、ついはま、とか読んでた。。。
アーケードの並びといってもここはなかなか大きめな駅で、ロータリーを横切りますと、駅前商業ビルが見えます。
いろいろ全国チェーンの有名どころの店も入っているようですよ。
実際、けっこう多くの人が見かけられますし、京急線全駅では乗降人員数12位になるのだそうです、
快速特急が止まらないのですが、そういった駅の中では2番目の多さとか。
だから商店街も充実してたのですね。
追浜駅は昭和5年開業。
ほかにこの名前の駅が無く、最初からこの地の地名の「追浜駅」のままだったそうな。
ここまでくると、自衛隊関連の施設の位置からも抜けたみたいです。
じゃあこの先は、また違った景色になっていくかなー。









