御三卿清水家陣屋跡
山梨市北の八幡地区に残る「清水陣屋跡」は、江戸時代の甲斐国支配の歴史を今に伝える貴重な史跡です。
甲斐国は、徳川家康が関東へ移封された後も幕府にとって重要な地域であり、特に甲州街道の要衝として政治的・軍事的な意味を持っていました。
そのため、甲斐国には徳川家ゆかりの親藩や幕府直轄領が置かれ、江戸幕府の強い統治のもとにありました。
享保年間になると、八代将軍徳川吉宗の子どもたちを祖とする「御三卿(田安家・一橋家・清水家)」が創設され、将軍家を支える重要な家として領地を与えられました。
甲斐国の一部もその所領となり、山梨市周辺では清水家や田安家の支配が行われることとなります。
この支配の拠点として置かれたのが「清水陣屋」です。
陣屋とは、城を持たない旗本や大名、御三卿の代官が政務を行った役所兼居館のことで、年貢の取りまとめや治安維持、領民支配の中心となる場所でした。
清水陣屋も、甲斐国内の清水家領を管理する重要な拠点として機能し、地域の政治・経済を支える役割を担いました。
現在は建物そのものは残っていませんが、石垣や地形の名残、案内板などから当時の面影を感じることができます。
静かな八幡の地に立つと、江戸時代にここで領地経営を行った役人たちの姿や、甲斐国が幕府にとっていかに重要な土地であったかを想像することができます。
清水陣屋跡は、徳川幕府の統治機構と甲斐国の歴史を身近に感じられる場所です。
地域に残るこうした歴史遺産を訪ねることで、山梨市の土地が持つ深い物語を感じることができますね。


































