田中の“最後の言葉”「賢者は聞き、愚者は語る」は 公的な場で発した“最後の言葉” とか。

 私もボランティア傾聴を6年してますが、傾聴を瞬間的に使うのはほんとに難しい。

 

特に家庭で連れ合いの言葉に傾聴する事が少なく、聞いているの! といつも怒られます。

角栄さんの傾聴に関する気になる記事を見つけたので紹介します。

 

「オヤジさん、たまには若い議員の話を聞いてやればいいじゃないですか」と進言すると、「俺はこの通り忙しい。いちいち付き合っていられるか」と一蹴したものである。

 こうした意思疎通の不備が、若手議員を離反させ、

 

一方、竹下は無類の「聞き上手」だった。

1年生議員のころ、師匠の佐藤栄作(元首相)から「口は1つ、耳は2つ。

 

まず、人の話を聞け。聞き上手こそ、話し上手ということだ」と教えられ、以後、一貫してこれを守り、議員の支持を増やしていった。


詳しくは、http://www.zakzak.co.jp/society/domestic/news/20161012/dms1610121700005-n1.htm

を見て下さい。

 

 

一度書いたのですが、間違って削除したようで、再度載せます。

文禄の役の停戦交渉が行われている頃、伏見の福島正則の屋敷に、朝鮮から一旦帰国した母里太兵衛が、黒田長政の名代として挨拶に行きました。そこで家中の者が集まって酒盛りが開かれました。厭戦気分を吹き飛ばすという目的もあったようです。先方に失礼があってはいけないと同僚から酒を飲むなと言われていたにも関わらず、大好きな酒を前に席を外せません。

 

 そのうち、大盃が持ちだされ、福島正則が「これを飲み干せばどんな褒美も取らす」とふっかけます。そこで母里太兵衛が名乗り出て、見事に大盃を飲み干しました。母里太兵衛は天下の名槍日本号を所望します。正則は武士に二言はないと潔く日本号を差し出しました。

 

 日本一の槍を飲み干したのは母里太兵衛、ああ名槍は黒田武士のものになったかあ。ああ黒田武士。といった声がだんだん大きくなり、誰からともなく歌い出され、しだいに大合唱になりました。

http://kurodakanbei.nerim.info/anecdote/anecdote-2013121902.html

より引用しました。

九州男児の豪快さを代表する切手にもなった大スターです。

単なる伝説では無く、飲み取った名槍「日本号」は福岡市博物館に所蔵されてます。

精密な彫刻で、豪快さと繊細が同居していて、本来のオトコのあり方を

示唆してくれます。是非、一度は鑑賞して下さい。

 

 

 

 

リベラルアーツは教養の意味と今年夏初めて知りました。

リベラルアーツの原義は「人を自由にする学問」であり、それを学ぶことで一般教養が身に付くもののことであり、こうした考え方の定義としての起源は古代ギリシアにまで遡る。

つまり自由になるための学問のようです。

教養イコール自由とは考えてもみませんでした。

ならば社会に出てからこそ一層磨きを掛ける必要がありますか、

 

現在の社会風潮では、所属する団体企業のルールに染まって、反論が許されない状態です。

長く在籍しているとそれが当たり前になり、企業ルール=自由と勘違いしてしまいます。

大きな社会の転換期にある現在では不自由人間なのに、本人は自由人間と勘違いして生きています。

リタイアすると勘違い人間のまま地域社会に溶け込もうとしますが、

当然目に見えない拒否ムードに反発して、シルバーオタク化します。

懐かしい古巣の企業OB会のゴルフや飲み会で慰め合って、家ではテレビがお友達という方も多いようです。

多分、そんな方が認知症予備群と呼ばれて危険な状態です。

こんな時こそ、リベラルアーツの原点にかえって、

生涯学習で自分を再発見しようではありませんか。