Liya Kebede(1) | Woke Up In the Beautiful World

Woke Up In the Beautiful World

女優・モデル・音楽…美しいものは世界を救う!!
主に海外モデルを中心に紹介します。

Woke Up In the Beautiful World

リヤ・ケベデ
Liya Kebede
1978年1月3日生まれ エチオピア出身
178cm

ずっとモデル紹介したかったんですが、余りにも面倒くさすぎて後回しにしてたら今更になってしまったリヤを取り上げます。リヤの記事をまとめてる途中にグィネヴィアに熱を奪われために暫くの間放置してしまいましたが、頑張って帰ってきました。グィネヴィア怖いわ、さらっと私の熱を奪っていくんだから。


エチオピアの首都アディスにて航空会社の重役である父親と小さな会社の広報として働く母親の下、五人兄弟の一人末娘として生を受けたリヤ。男兄弟に生まれたせいか、小さな頃はトムボーイでスカートや女の子らしい格好はしたことがなかったという。そして幼い頃からひょろ長い容姿の少女であったという。
『昔は痩せぽっちの女の子で、“なんて体型なの。もっと食事させなきゃ、彼女何とかした方がいいわ”なんてみんなから言われてた。だから私は“食べてるわよ。もう私のことは構わないで”って。』

モデルへのきっかけは映画監督にスカウトを受けたこと。その映画監督はフランス人のモデルエージェントにリヤを紹介し、当時まだ地元のリセに通っていた彼女は卒業とともにフランスへ移り、モデル活動を始めた。
『ヨーロッパに留学する学費が欲しかったの』
しかし
『ハードだったし、うんざりした。100人近い女の子達がいるキャスティングの中で、みんなブロンドの綺麗な子達ばかりなの。それで、ここじゃ絶対に仕事は取れないって思ったわ』
しばしフランスでのモデル修行を経たものの、失意とホームシックに負けた彼女は三番目の兄とシカゴで暮らしながらアメリカでのキャリアをスタートさせた。
『事務所を見つけてカタログの仕事をしたわ。フルタイムでモデルをやったの。あの頃は朝の4時から長距離バスでシカゴまで帰ってた』。そして本格的にモデルに懸けるためにNYへ移ったのだった。

Woke Up In the Beautiful World Woke Up In the Beautiful World

Woke Up In the Beautiful World
with Her Family in Vogue US April 2011


ランウェイデビューとなった00ssではRalph LaurenとBCBG MaxAriza、Tom Fordを歩き、翌年にはヘッジファンドのマネージャーであった20歳年上の同郷の男性と結婚。
ブレイクの兆しが見えたのは2000fallでTom Fordの広告塔になったこと。そのトム・フォードは初めてリヤに会ったときのことをこう言っている。
『モデルのキャスティングをしていて、リヤの番だった。彼女に瞳をじっと見つめられて、文字通り衝撃を受けてしまった。彼女は誠実さと落ち着いた雰囲気に抜き出ているんだ。それでその日彼女の姿を思い出そうとしてみたが、思い出せたのは彼女の眼差しだけだった。』
妊娠したことによって一時中断を余儀なくされたものの、翌2001年に長男を出産すると春季には比較的ブラックモデル賛同の強いYSLの広告塔に大抜擢されたのだった。8月には早くもリーボヴィッツ撮影の<世界のトップ・ブラックモデル15人>に、9月にはHarper's Bazaarにてパトリック・デマルシェリエとのエディトリアルに登場し、ファッションウィークでは約45のランウェイを歩いた。
02fallでは60以上のランウェイを歩き、2002年5月には<All About Liya リヤのすべて>と題しフランス版Vogueがリヤを独占的に特集。年末にはVSのショーにも出演した。瞬く間にトップモデルへの階段を上がっていった。

そしてリヤがその存在を確立したのは2003年だった。デマルシェリエ撮影のTommy Hilfigerとマイゼル撮影のDolce and Gabbanaの広告を手にすると、7月に大手化粧品ブランドであるEstee Lauderの新たな顔に選ばれたのだ。
『彼女はアメリカ的でもヨーロッパ的でもなく、まさにインターナショナルなのです』と語った同ブランド代表の通りリヤの美しさは世界共通であった。
270万ドルの契約金はもちろんのこと、最も話題をさらったのは彼女が同ブランド史上初の有色人モデルであったことだ。今まで大手化粧品会社は当然のように広告塔に有色人モデルを起用してこなかったが、このリヤ・ケベデの起用が新たな歴史に一筆を添えた。
『若い女の子達が私を見て、“彼女ができたんだから私だって出来るはず”って言ってくれたら嬉しいわ』と、コスメでの広告塔になったことで新たなブラックモデル達のロールモデルになったリヤ。

Woke Up In the Beautiful World
with Christy Turlington
インナービューティーコンビ

Woke Up In the Beautiful World Woke Up In the Beautiful World
(左)ワリス・ディリーと

03ss、03fall、04fallと平均的に50前後のショーを渡り歩き、広告面ではLouis Vuitton、Balenciaga、Escada、そして2004年からTiffamy's & Co.の広告塔にも選ばれた。9月になると<Model of the Moment>旬のモデルとしてUS Vogueの表紙を飾り、アナ・ウィンターに『第一級のモデル』と評されるまでに。

2005年からはWHOにより新生児/幼児/妊婦のための親善大使として活動を始め、先輩モデルのクリスティー・ターリントンと共にイベントや講義に出席する姿を見せることも。5月には再びUS Vogueの表紙を飾り、9月には長女を出産。
2006年はイネス&ヴィノードの下でGivenchyの広告に登場。そして多くのモデル同様に女優業に進出し、ロバート・デ・ニーロの映画「グッド・シェパード」に出演した。
翌2007年になると経済誌フォーブスにて高給なモデルリスト入りを果たした。またこの年には母国エチオピア支援の一環としてエチオピアの織物を使用した洋服ブランド<Lemlem>(花が咲く)を立ち上げ、2009年には子供服ラインを発表。同時に<Lemlem>が傘下になっている大手デパートのJ.Crewとパートナー契約を交わし、カタログにも独占モデルとして登場した。
「デザート・フラワー」ではワリス・ディリーを演じて初主演を務め、モデルからの女優業転向で犯しがちな駄作・駄演技の失敗例を覆し上々の評判を得たのだった。
2010年は10ssでKenzo、H&M、Jumble Feverの広告を獲得し、様々なエディトリアルにも登場。4月にはタイム誌の<世界で影響力のある100人>にも選出された。11ssもLacosteの広告を飾り、新たなブラックモデルのロールモデルとして美しくピュアな輝きを放ち続けている。


リヤはエキゾチックなのはもちろん、野性的な雰囲気が出せると同時にソフトでフェミニンなところが最大の魅力。むしろワイルドさより女性的な柔らかさの方が大きく、そこが今までのアフリカ系モデル達との差であり売れた理由なのではと。まぁ、かなーーり細ーーいんですが彼女。個人的にはリヤの頬・頬骨がとても好きなんです。可愛らしくて、ソフトな印象そのままに素晴らしい頬ですよ。ベスト・チークボーン・オブ・オール・モデルズを差上げます。

リヤってイベントとかメディアの前に出るときの服装がいつも素敵で、あまり外さないんですよね。スーツもドレスも無難すぎず前に出なさ過ぎず、それでいてしっかり着こなしているんです。褐色系の方々を筆頭にかなりお洒落のお手本になるモデルですよ。
見てるだけで癒される、そんなリヤ紹介でした。