街を歩けば、別れ際に「よい御年を!」という挨拶を交わしている様子が聞こえる場合が非常に多くなった。2023年も残りが少なくなっている。

日頃は、街を歩き廻って、挨拶を交わしているような人達を見掛ける機会が寧ろ少ない、過ぎる程に静かな街に在るのだが、目下は出先だ。現在時点で四条烏丸に在る。京都だ。宿の居室で寛いで居る。

「今年は“フェイドアウト”…」ということにして、随意に過ごす時間を設けた。「随意に過ごす」というのは、然程細かい計画は練らずに、気が向くままに各地を徘徊するということだ。俗に“旅行”と呼ばれる営為である。

稚内を発とうとした日、列車が大雪の影響で運休になってしまった。が、それにも負けず、夜行バスで札幌へ出て、そこから旭川に到るという、時間も距離も夥しい量にまる回り道で、予定したフライトを普通に利用した。

羽田空港上陸後は埼玉県の大宮へ移動して泊まった。大宮に在って、翌日には川越を訪ね、夕刻には初めて乗る北陸新幹線の列車で富山に入った。

立山連峰を遠くに望む街で路面電車が行き交っているというのが、富山の街の「雰囲気」かもしれない。


富山では「氷見の寒ブリ」の寿司を頂く等していた。やがて、所謂「並行在来線」というモノで金沢駅に出て、直ぐに<青春18きっぷ>を取出し、敦賀へ移動した。敦賀に宿を取った。

敦賀では<ムぜウム>という興味深い展示施設を見学した。ロシア革命後の内戦状態の中で生じた孤児、少し後の時代の迫害から逃れて脱出を図ったユダヤ系の人達という件で、ウラジオストクから船に乗った彼らが辿り着いたのは敦賀港だった。そういう経過等を詳しく紹介している展示施設だ。

敦賀は、ウラジオストクとの間の貨客航路の船が発着し、それを経由して、日本と欧州とを列車で結ぶということの中継点であった経過も在る。そんな「長い旅」に因み、かの『銀河鉄道999』や『宇宙戦艦ヤマト』のイメージの像が街中に配されるということも在った。

『銀河鉄道999』とでも聞けば思い浮かべる、“鉄郎”が傍らに座る“メーテル”と共に宇宙の車窓を眺めながら旅をするというイメージの像だと思う。


静かな敦賀の街中に、<999>の食堂車が現れていた…


その敦賀から、「強風による運休」というのが在って、「風が吹くと停まる?」とネタのようになる湖西線という「マイナーな経路」を通る列車で京都に移動した。「メジャーな経路」という感じ、長浜、米原、彦根、近江八幡、草津、大津を経る琵琶湖の東側の経路が在るが、湖西線はそれよりも距離が短いので速いのだ。

京都では、祇園という場所柄ながらも気軽に立寄ることの叶うバーで極々軽く呑み、社寺を訪ね、京都鉄道博物館も訪ねた。

 

祗園の夕べだ…


そして京都鉄道博物館だ。


何やら、忙しいとも長閑とも言い得るような、所謂「御用納め」も済んだような時期に差し掛かっている。神戸空港から新千歳空港への「帰国」のフライト迄の間、長閑に過ごそうと思う。その期間に関しては、現在在る京都の宿が取れなかったので、大阪へ遷る。自身にとっては、長閑に過ごすには好適な場所のように思う。氷点下気温や雪を避けて過ごしていることになる。北陸地方も、自身が通った、滞在した辺りで雪は殆ど無かった。京都も右に同じだ。大阪も雪は無いであろう。

 

今般の各地での見聞等は、モノクロ写真を添えて下記ブログで順次綴りたい。順不同で、ランダムに色々と出すようになるとは思う。既に一部は着手済みだ。

MONOCHROME-モノクローム寫眞 (seesaa.net)

本記事の読者諸賢におかれては、よい御年を御迎え頂きたい。