<エチオピア・グジ・ナチュラル>の個性的な味を愉しんでいる。

休業日の土日曜日については、気儘に起き出して、居眠りに陥ってしまうというようなことが重ねられ、何やら月曜日に陽が改まって以降も「中途半端に早い」というような時間帯に眼が覚めた。

そういうことなので、珈琲を淹れて寛ぐこととしたのだ。

何日間か、「降水」が見受けられる場合には文字どおり「水」である「雨交じり」が続いた。積雪は酷く少なくなっている。堆くなっていた場所で何となく残っているが、道路等は舗装面が出て、積雪期以外と然程の差が在るのでもない。

こういう様子だが、3月の最後の日や4月初め頃に、不意に雪が降る場合も見受けられる当地だ。自家用車のタイヤを冬季以外のモノに換えるということを「今!」やるような場合、「気が早くないか??」という話しになる場合も在るようだ。

例えば雪が積もる様子に関して、「動き回り悪い、危険な場合も在って迷惑」とか「だから嫌だ…」という考えや感じ方が在ると思うが、「白が被った麗しい様子を愛でる」と「雪が降ったと聞いて可能な範囲で景勝地に出てみる」、「だから好きだ…」という考えや感じ方も在ると思う。

「嫌だ…」と「好き…」とは「対極」というような考え、感じ方ではある。誰しも、その何れの要素を有しているように思える。「何方か?」とでも問えば、何れかの考え、感じ方が前面に出易いかという程度のことなのだと思う。

例示した雪が積もる様子というようなことに限らず、画や音楽や何かでは「美しいと思う?」も「美しくないと思う?」も在り、小説や映画や何かでは「愉しい!」も「愉しくない…」も在り、料理のような何かでは「美味しい!」も「美味しくない…」も在り、何かに用いる道具なら「便利!」も「使い悪い?」も在る訳である。そういう「対極」というような考え、感じ方は「併存」が「普通」である筈で、何方かを排斥しなければならないという程でもない筈だ。

偶々読んだ記事に、米国に在る「ロシアのキャビア」を意味する屋号を掲げる御店の話題が在った。

多分、この御店が起こった時、創業当時から現在に至るまで「特定の国々から入って来る珍味=キャビア」について「何処から?イメージは?」ということで「ロシアのキャビア」を意味する屋号を掲げたのだと思われる。

現在、キャビアというモノの生産・流通の都合で、ロシア以外の国、記事に在った米国の御店のような場所で「ロシアのキャビアそのもの」は入手出来ないのだそうだ。

ということだけなら、「特定の国々から入って来る珍味=キャビア」についてという程度、「だから?」という程度のことであると思う。しかし、御店が「ロシアのキャビアそのもの」が「無い!」と強調しなければならないような様子になっていると伝われば、何やら首を傾げてしまう。

ロシアもまた「世界の一部」で、色々な足跡を様々な分野に遺していて、それが伝わっている。ただそれだけなのだ。そういうモノを「キャンセルだ!!」とするような感じがして、何か気詰まりだ。

「侵攻」という「脅威」に、「制裁」という「恫喝」で抗っているのは、危険な事を止めさせる「手段」に過ぎない筈だ。が、繰り返し「制裁」が叫ばれ、「(その名を冠するようなモノに至るまで)キャンセルだ!」とでもするかのような空気感が漂い始めると、「目的」にすり替わったのかという妙な気もしないではない。

「夥しい数の死傷者」とでも聞けば、日本国内に在っては「大震災」と呼ばれる出来事が思い浮かぶ。現在の高校生位より上の世代は<東日本大震災>を体験や伝聞として覚えていることであろう。現在、30歳前後より上の世代は<阪神大震災>も思い浮かぶかもしれない。

あのような「大震災」で「夥しい数の死傷者」という場合、人智を超える自然の力で起った異変により、異常な事態に陥って死傷者が発生してしまう。非常に残念だが、多くの生命を助け悪い場合も在るのであろう。

目下、ウクライナの地での「夥しい数の死傷者」は、「大震災」と呼ばれる出来事で生じたような数を凌駕してしまっているのではないか?戦闘の渦中にある両軍の関係者の戦死も相当な数に上るであろうが、破壊されてしまった場所に居合わせた人達の犠牲も相当なものである筈だ。

このウクライナの地での「夥しい数の死傷者」だが?「人智を超える自然の力で起った異変により、異常な事態に陥って」というのではない。「人為的」なことだ。「止めろ!」と言って「止める」、「停めろ!」と言って「停める」と多くの人達の危険は去る筈だ。

1ヶ月間以上も要し、犠牲が拡大する中、「侵攻」という「脅威」に、「制裁」という「恫喝」で抗っている動きによる「損…」が酷く拡がって混乱する中、ロシア側は「抜本的なやり直し」を迫られていると観える。多分「簡単に勝てない…」ということだ。とりあえず犠牲を抑えるべく、「止めろ!」、「停めろ!」と軍事行動を停止して、少しでも多くの生命を救うべきだ。

別段に、何か特別な事情、異常事態という背景等が皆無でも、誰かが手掛けていた事柄、事績を無視し、「〇〇が言っている」と「一寸、考えよう…」を封殺し、「キャンセルだ!!」と誹謗中傷して排斥するような「真っ当では無いな…」は生じると思う。が、何か特別な事情、異常事態という背景等が加わると、そういう流れは「加速し拡大する」のかもしれない。

そういう訳でやや気詰まりな中、<エチオピア・グジ・ナチュラル>の個性的な味を愉しんでいれば、マグカップが空いた。そして、少しカラスの声が賑やかになっているような気もする。