多磨霊園(15) 正宗白鳥
正宗 白鳥(まさむね はくちょう)
1879年(明治12年)3月3日 - 1962年(昭和37年)10月28日
明治から昭和にかけて活躍した小説家、劇作家、文学評論家
本名は正宗 忠夫(まさむね ただお)
別号は剣菱、影法師
岡山県生まれ
東京専門学校文学科卒。
虚無的人生観を客観的に描く自然主義の代表作家として出発。
批評精神に満ちた冷徹な境地を拓いた。評論にも優れている。戯曲も知られる。
旧家の長男として生まれる。虚弱で、幼時からの生への不安が、後のニヒリズムの気質を育てたという。
読売新聞社で文芸時評を書いたのち、『塵埃』(1907年)で自然主義文学の代表的作家に。
『何処へ』(1908年)、『泥人形』(1911年)など否定的人生観を反映した作品が多い。
鋭い批評を行い、晩年は文壇の御意見番的存在であった。評論に『作家論』(1941年)、戯曲に『安土の春』(1925年)などがある。
(Wikipedia)