こんばんは。
むらまさです。
今日は念願の飯田史彦先生に会ってきました。といっても後ろの方から眺めただけですが、
正直な感想 うん、予想通りの方でした。結構おもしろ系の親父でありながら、ロマンチスト、
学者の論理的思考もばっちりでちょっとした厳しさもあり、それでいて本質は世話やきというか、かまわずにはいられない、頼まれたらい嫌と言えないところもありの人だなーと感じました。
でやっぱりギターがうまい。声もいい。あの持ってはるギターもいいギター。
でもやっぱり先生、教授という感じはありましたね。先生も言っておられますが学者って感じです。
ポリシーがしっかりしていると感じました。おそらくここがぶれているとやってこれなかったんだと
思いました。
私の知り合いに似ているので(こいつもいいやつなんですが)親近感もありました。
音楽療法もかねているという歌を歌うことを中心の公演でしたが新鮮さはないものの、
全員で歌うことから改めて深く考えることができました。いい歌ですよ。
はずかしながら、先生の歌のCDを手に入れ聞いたときには、もう号泣していました。
車での出勤で聞いたのですが最初からなぜか涙が溢れ、3日くらいは行きも帰りも目がはれるという状態でした。そこで吐き出したせいか今回はちょっとのうるるですみましたけど。
歌うことが中心なのであまりネタはないのですが、そのなかで私がこれはプロだと感じた事をいくつか上げますと、
質問タイムでの質問に対する答えから
ひとつは一緒に来ている障害を持った知人に励ましの言葉をかけて欲しい。
もうひとつは退行催眠での事に付いて。
でした。
答えは両方とも「答えられません」でした。
一つ目への理由は自分はその人がそうなった過程を知らない。その人自身も知らない。そのような相手さんにたいして一般論的な言葉はかけられない、ということでした。個人的にお会いしたときにはしっかりと話はできるし言葉もかけられるがこの場ではできない。その人を知らないと同じ言葉でもその人にとって良くもなるし、悪くもなる。だから簡単にはお声はかけれません。
これを聞いた時。プロだーと感じました。一見冷たい対応なんですが大きな視点で見ればその本人さんの気持ちに対し何とか答えたいとう気持ちから出ているという事を感じ関心しました。適当に良い事を言っていればよさそうなものですが、自分のポリシーに反するのでしょうね。
せんせいは今年で教員職をやめてスピリチュアルケアーに専念されるようでその拠点は岐阜羽島と岡山だそうです。もひとつ驚きの内容がありましたがいっていいかどうかわかりませんのでこれはもう少し伏せておきます。
つづく。