2013.3.10「東日本大震災チャリティイベント」の主催者である
元氣ナビゲーター 幸頂♪ 齊藤 透さんをご紹介する、第2章。
2011年3月の大震災をきっかけに、受けた衝撃と心が動いたこと。
被災地へ何度も足を運び、ボランティア活動の中で氣づいた大切なこと。
そして、今回のイベントを企画した思いを伺いました。
取材・文: 命名師なつめ
【第1章】は、こちら
【第2章】
アメリカから、日本に帰国。
数日後の3月末、ワンボックスカーに食料・水・燃料などを詰め込み
透さんは被災地へ出発しました。
車で寝泊りし、学校の泥出しボランティアを経てから
自らマッサージチームを作り、避難所を回って活動を始めます。
真っ先に感じたのは、彼らに心にダメージがあること。
家がない。職がない。人が亡くなった。
一瞬にして失われた全てのこと。それをを受け止める心。
心が頑なになっていると、身体もガチガチになっている。
透さんのマッサージチームは、彼らの身体をほぐすことで
心を緩ませていきます。
そうすると
今までどうしても泣けなかった人が号泣し
忘れていた笑顔を取り戻す人もありました。
しかし、避難所を訪問しマッサージチームの活動をする中で
透さんは、ある限界を感じます。
1ヶ所の避難所には800人くらいの方が居られる。
チーム10人でも、一日に100人くらいしか出来ない。
我々のチカラは、無力ではないけれど、
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・小さな力でしかない。
人に身体をほぐしてもらっても、その緩みは一時的なもの。
数日経つと元にもどってしまい、人に依存するようになってしまう。
自分の使命は、人の身体を緩めることと思い、
整体師養成学校校長を8年間続けてきたが、
本当は、自分で自分の身体をほぐす方法を教える事ではないか。
自らの身体をほぐし、心をほぐす。自らのマイナスをプラスに変える。
それが人生のミッションなのだと。
透さんは、校長を務める整体師学校を閉校する決意を固め
かんたんにだれでも続けられる、自分で自分をほぐす方法を
知らせていく活動に注力していきます。
また、様々な避難所で多くの氣づきがありました。
避難所の雰囲気がそれぞれ全く異なっているのですが
なぜか共同生活を楽しみ、活き活きしている団体に出会いました。
家族単位ではなく、男女別の寮のような建物になっていて
それぞれが長所を出し合い、足りない役割を補い合って暮らす。
ひとつの大家族の安心感を感じたといいます。
透さんは、そこで組織ではない、これからの新しいグループコミュニティを
実感したのではないでしょうか。
これらの貴重な経験を体験し、さらに心のケアを学びたいと
その年12月にアメリカへ渡り世界№1コーチャー“アンソニー・ロビンズ”
から直接学んだコーチング、続けて心理学を学び心理カウンセラーを取得。
透さん自身の進化は、今も加速中です。
次回、最終章へとつづく。










