2013.3.10「東日本大震災チャリティイベント」の主催者である
元氣ナビゲーター 幸頂♪ 齊藤 透さんをご紹介します。
2011年3月の大震災をきっかけに、受けた衝撃と心が動いたこと。
被災地へ何度も足を運び、ボランティア活動の中で氣づいた大切なこと。
そして、今回のイベントを企画した思いを伺いました。
取材・文: 命名師なつめ
2011年3月11日、あの瞬間。
透さんはポールスターショッピングセンターで会議をしていました。
TVモニターで伝えられる映像を見て「行かなきゃ!」と直感します。
自分が現地に行く事が、使命だと感じたのです。
しかし、透さんはすぐに現地には入れませんでした。
それは
以前から準備していたアメリカへの渡航が、3月14日に迫っていたから。
アメリカ行きを一時は中止としたものの、ニューヨーク知人の要請があり
日本からの一行を必ず現地で待っているとのこと。
運行さえも未定だったフライトが、なぜか飛ぶこととなり
一路ロサンゼルスへ、向かいます。
東日本大震災のニュースは世界でも報道されており、透さんは
現地の人からさまざまな質問を投げかけられることとなります。
「日本はどうなっている?」
「家は流されていないか?」
「家族は大丈夫か?」
そう問いかけるアメリカの方々。
家族を大切にする彼らの気持ちに、透さんは感動を覚えたといいます。
現地での仕事を、すべてチャリティイベントに切り替えると
厚意ある方々が同じようにブース出店を申し出て
感動と感謝があふれる、ちょっとしたイベントとなりました。
続いて訪れたニューヨークではNew Life EXPOという
癒しやスピリチュアル最大級のイベントにて
ブースの一角を「光の言霊・書き下ろし」で出店。
言葉の壁がありましたが代役につぐ代役、高品質の通訳を通じて
透さんの言葉は、現地の方々の心に響いていきました。
さらにイベントでは、日本からのスペシャルゲストとして
透さん自身が壇上から、日本の状況を伝える役割を果たしました。
震災直後に訪れたアメリカでは、心から日本のことを案じ、
被災地を、透さんを、自ら家族のようにいたわる言葉が
あちこちから、毎日寄せられた日々。
透さんは、こんなメッセージを書き始めました。
この写真は3月14日に日本からLAに行った時、
現地で日本のことを想いながら書いたメッセージです。
その時、日本を出たからこそ、
日本という言葉と日本の国旗が出てきたと想います。
僕の書き下ろしにある日本の国旗。
実はこの日から始まりました♪
そんな想いがあるから、
今でも国旗を書き続けてます(*^^*)
つづく。






