久々に書く。
前回書いたのは10月のことらしい。
隣県の練習会へ行った時の練習日誌だ。
練習日誌 | 旅とかるたと自転車と (ameblo.jp)
意外と最近まで書いててびっくり。
この二か月であったことといえば、国文祭。
久々に皆と会えたのはたのしかったが・・・・・・
一生懸命に練習した割には、試合でそれを貫かずにわざわざ自分から形を崩し惨敗。
どんな相手だろうと序盤から形を崩すな、超A級だろうがまずは自分のかるたを貫け、それが勝ちにつながる、だなんて後輩には口酸っぱく言ってるくせに。
序盤で形を崩すとその瞬間良くても中盤に大きく響く。だから多少帰ることはあるけど自分の基本軸はぶらさない、が基本。
それなのに、初期配置で自陣に攻め札が多すぎるからって取り方も配置も変えまくったのは大反省。
この敗戦でめちゃくちゃ萎えた。
自会の選手の指導もろくにせずに自分のやりたいことだけやってこのざまか、とも思った。
その後は予想通りモチベ消滅(笑)。
信州前にちょっとやる気を復活させるも、4日前の今現在はなんとも言い難い調子だ。
1没3割、入賞戦進出3割、入賞3割、くらいの確率だろうか。
入賞はもっと低いかも。それでも平均のAよりは強い自信はあったけど、まあそれも当日次第だろう。
あまり気負わずに頑張ったらよしとすることにしよう。
ひさびさに大会に出られるだけでご褒美だ。
いつも通り、はああ、なんで今日もこんなとこでかるたやらなきゃいけないんだよ、と、序歌で諦めることにしよう(笑)
(不遜だとでも思う人は、自転車レースの前のルーティーンを以前書いたから見てほしい)
でやるしかないってなってまあやってみたらいいさ。
多少やさぐれながら書いてる。
コロナ禍、人との出会いが減ったといわれるが、案外自分は知り合いが増えたほうかもしれない。
そして過去に知り合った人と再会する機会も多かった。
まあ自分が大学から出戻りしただけなのだが(笑)
まずは近所に住む友人、昔からいつも温かい目で見守ってくれる大好きなかるたの保護者の人、中学時代の友人。
関西にいって知り合いは増え、親友も何人かできたももの、その誰もが「物理的に」近い存在でなかったのは悔やまれる。
いまでさえ不安になることはあるけど、大学時代はもっと不安定だったな。
それが、長野というホームグラウンドに帰ってきて、心の許せる友人たちと気軽に会えるようになったことは本当に大きいだろう。
関西で知り合いの先輩後輩はいるものの、遊ぶとなるとだいたい蚊帳の外だったもんな、
まあそんなに面白くはなかったのが本音だけど、一人で得してることもあるからいいとして。
孤独ってのはそれでも生きていける人間にしか与えられない、だなんて誰かが言ってたっけ。
家庭という場所があるのも、プラスに影響するときもある。
もちろん、大いにマイナスに影響することもあるのだが。
人間関係先、それも、自分が評価を気にしなくていい存在が複数いるのは本当に大きい。
こんな風に説明口調で書いてはいるけど、実際はもっとやわらかい心の動き。
そして、その人間関係自体が、長野に帰ってきてから作ったものではなく、今まで作り上げてきた人間関係が、「そこにあった」ことを再確認できたのが特に大きかっただろうか。
ほかに。
かるたのつぶやきやスペースなど、オンラインで人と関わることも多かった。
もちろん自分が暇だったのもあるが(いうて今も暇っちゃ暇)。
1000人もフォロワーがいるってまあまあヤバいよな。
国文祭でも、顔を見知ってる人数は多い方だったんだと思う、関東から関西、A級からE級まで、いろんな人と関わってきたからこそなんだとは思う。
これから先、かるたの世界で生きていく中では大いに活かされるんだろうな。それはまた後で話そう。
ってかマジで最近自会のことさぼりすぎてる。
長野に来た当初は働きもせず、就活もせず、かるたが唯一の社会活動みたいになっていて、だからこそ暇である程度熱を入ってた。
ただ、自分が就活、バイトに熱を入れるにつれ、また、かるた会に熱を入れても高校生大学生や子供たちがこなくなるにつれ・・・・・・
まあどんどん萎えていくわな。そしてとうとう自分がサボる側に(笑)
と言いながら他会の練習には行っていたりして。
自会の選手より他会の選手に歓迎されるなんてのはよくあるかもしれないが、
そのギャップにショックをうけたりもしたし、なんで自分がいつも関わってる子たちじゃなく初対面の人たちにこんな一生懸命かるたの教えを請われてるんだろう、とか。
まあもちろん俺が熱心にやってないと言えばそれまでだけど。
いやー、それでも最初は熱心にやってたよなー。
だんだんだんだん熱を入れても無駄なんじゃないかと思う瞬間が増えていったのも確か。
正直に言う。
初心者が1か月に1回練習に来るくらいで指導して強くしてください!!!は俺には無理!!!
練習に来てくれない母校の後輩より来てくれる人たちがかわいく思えるのは当然。
っとまあ、そんな立場にいる自分って何様だよって話だが。
おっと、ブラックな一面が出てしまった。
まあでも、かるた頑張ってるな、この子、って思えばだれであれ純粋に応援したくなる。
そのためにならこちらもできるだけのことをやろう、ってこころから思える。
まあでもその空気を作れないのが自分なら力不足~~~
→自分に原因を求めるので余計に萎え~~~の悪循環。
最近は他のことを充実させて、この分野にある程度無関心になることで精神の安定を図っている節がある。
それでいいのか?とも思うけれど。
いいも悪いもない気がしたり。べつに絶対的な善悪の判断なんてないし、ましてこんな事柄ならなおさら。
いまでもできる範囲ではやってるけど、わざわざやりません、みたいなスタンスになってきちゃったな。
どうせ頑張っても無駄(自分が無力)感は、高校時代の北信や長野高校に感じた絶望ともに、大学かるたでも自転車でも、はたまたいろんなところで過学習してしまった気がする。
いったんこれを感じるループに入ると3日間くらい本当にしんどくなったりするんだよな、たまに目の前にあるものが認識できないくらい。
まじ心の闇~、ちゃんと認識できてるだけ自分をほめてるけど。
そう、往々にして自分のかるただったりかるた会に向き合うのはめちゃめちゃしんどかったりするんよ。
過度に人の承認を求めちゃうような孤独感だったりはいずれ癒さなきゃなんないんだろうなー。わかってるんだけど難しいさ!!!
これからの展望としては、4月から働き始めて、まずは3年くらいいろんなとこ、全国各地にかるたしに行ってみたいなー。
なんて。かるた行脚したい。
知り合いが増えるのも嬉しいし、知り合い同士がそこで知り合いになるのも楽しいし。
あ、そうそう、かるたを広めたい、仲間を増やしたい、って思ってる人にはやっぱり感情移入しちゃうし。
それが満たされないとき、やっぱりショック受けちゃうんだろうなー自分。
最近呟いたけど、一番つよいモチベーションって自分自身の経験に基づく感情的な理由も多い気がして、自分の場合はやっぱりここになりそう。
だから、長野県を、とかじゃなく、全国でかるたする仲間を増やしたいと思ってる人の力になりたい、が先に来ちゃう。
ここはもっと年をとってもぶれなそう。
ただ働き始めてどうなるか。
まじで、15とか18から働いてる同い年とか本当にすごいって。
なにを当たり前のことを、って人もいるかもだけど、それは決して自分にはできないし、できたとしても実際それをやってきたのはその人だし。
本当に尊敬しかない。
あともう一つ思うこと、最近結婚した友達の家に行ったり、その他いろいろあって、独身時代って貴重だなと思うようになってきた。
まあだからその時間を有効に使おう、だなんて、多分やること自体は今後も変わらないはずだけど。
12月19日に誕生日を迎え、25になったけど、振り返ればこれまでよく頑張ったなあと思えますわ。
これからもぼちぼちやっていけたらいいねえ。
まあ遠くないうちに。