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巡礼を楽しむ レキササイズ season 4

歴史散策の楽しみのひとつ。霊場巡りをお気楽に楽しんでいます。

レキササイズって、造語です。
歴史散策をしながらダイエットをしようというところから
レキシ+エキササイズの意味合いで名づけました。
ダイエットもそろそろ頑張ります。

案内板の云い伝え、大姫の事は、頼朝と政子を追いかけていくと必ずと言っていいほど出てきます。その大姫の供養のための地蔵尊とのこと。ふつう、供養するとなると堂宇を建てたとか、お寺を建てちゃったという話を聞くのですが、地蔵尊というのは?今までの巡礼から、供養で地蔵尊が建つのは、亡くなった方が若い人の場合が多そうです。大姫も二十歳ころに亡くなっているので、供養は地蔵尊だったのでしょうか?当時のにぎやかだった化粧坂に近いところにあり、落ち着いて眠れていたのかしら?と思いました。
ネットで昔の建物の写真を見つけました。そのホームページの管理人の方に許可をいただきましたので、掲載いたします。

巡礼を楽しむ レキササイズ season 4-古い亀ヶ谷岩船地蔵尊

案内板
岩船地蔵堂
亀ヶ谷辻に建つこの堂は、古くから頼朝の娘大姫を供養する地蔵堂と言い伝之られてきました。
木造地蔵尊の胎内の銘札にも『大日本国相陽鎌倉扇谷村岩船之地蔵菩薩者當時大将軍右大臣頼朝公御息女之守本尊也』との記述があり、続けて元禄三年に堂を再建し、あらたに本像を造立した旨が記されています。『北条九代記』にも、許婚との仲を裂かれた姫が傷心のうちに亡くなったこと、哀れな死を悼む北条、三浦、梶原など多くの人々が、この谷に野辺送リしたことが記されています。
このたび堂を再建し、本仏石造地蔵尊を堂奥に、今なお、ほのかに紅をさす木造地蔵尊を前立像として安置し、供養いたしました。
心ある方は、どうぞご供養の合掌をなさって、お通リください。
平成十三年十一月吉日  海蔵寺

巡礼を楽しむ レキササイズ season 4-亀ヶ谷岩船地蔵尊

2008年4月12日 訪問

旭区散策では最高のポイントかもしれません。ワタシはそう思っています。滝があって、岩山に洞窟があって、不動尊があって・・・と見どころは満載です。ワタシの整理で行くと不動尊は、神社なのか仏閣なのか悩むところですが、案内板を読むと、元お寺が神社として残っているとかいてありましたので、神社として整理しました。源氏に関わり合いのある神社です。義家です。それとここの旧お寺を造ったのは鎌倉権五郎景政というのもすごいです。平安時代の有名人の組み合わせで不動尊を祀ったというのがワクワクします。

巡礼を楽しむ レキササイズ season 4-白根不動

案内板
白根不動・白糸の滝
社伝によると、前九年の役(1053~1062)の際、八幡太郎源義家は兜の内に不動明王坐像(坐長1寸7分伝弘法太師作)を納め奥州に向い勝利を上げたことにより、康平6年(1063)鎌倉権五郎景政に命じて社殿を造立し、この坐像を祀った。これが不動堂の起源である。建久2年(1191)堂宇を再び造立したが、正慶年問(1332~1333)新田義貞の鎌倉攻めの折、この辺りの社寺はすべて烏有に帰した。その後、元禄7年(1694)に社殿を再建したが、大正8年(1919)火災で消失し、即建立されたのが現在の社殿である といいます。
不動堂の別当職白瀧山正願寺は明治初年廃寺となり白根神社となりましたが、神仏混合時代の仏教の影響が強く残り、『白根のお不動さん』として近郊近在の人々から親しまれています。戦前は、”雛市や幟市”が開かれにぎわいました。
境内には、巾7m、落差3.2mの『白糸の滝』があります。
社団法人横浜国際観光協
横浜市教育委員会文化財課    平成3年3日


残念ながら、数年前の工事で滝へ流れ込む川は地面の下になってしましました。
2006年2月12日 訪問

正確には春の木神明社というそうです。

ずいぶん遠いのですが、中区の皇太神宮に神職さんがおられるそうです。境内に社務所のようなものもありましたが、そういうことだそうです。境内からは難しいですが、ちょっと横の脇道からは富士山が拝めます。案内板にもありますが、横浜市で最も高いところにある神社なのだそうです。その記載には気になるところがあったので、とある横浜市内の山にある神社の高さをグーグルアースで見てみたら114m。そんなとこまで調べなくてもいいじゃんと思いながらも、気になってしまったので・・・西谷にある富士山神社は41m。そこもけっこう高いと思っていましたが、そんなものでした。114mは朝比奈切通しにある熊野神社です。

巡礼を楽しむ レキササイズ season 4-春の木神社

案内板
我が町の神社
春の木神明社、武蔵の国都筑郡二俣川村字三経の地に約四百数拾年前より鎮座して今日に至っています。この地は海抜92米で横浜市で最も高い所とされています。東は横浜の海を控え、南は鎌倉から江の島を遠望し、西に相模平野を隔てて丹沢小塊、そして霊峰富士を仰ぎ、北に秩父連小を一望することができます。
祭神は「いざなぎの命」「いざなみの命」と「天照大神」が祠られていて家内繁栄、商売繁昌、交通安全、学業成就等諸願にご利益があります。
春の木神明社

2006年1月28日 訪問

境川を境にして、藤沢側が大庭一族、横浜側が飯田一族が治めていて、川を挟んだ両側の住民が仲の良くないのは定めのようでした。川の氾濫も自分たちでない方の堤防が崩れてホッとしていたようですから、大きな利害関係が存在していたようです。
頼朝挙兵に対抗した大庭の棟梁景親(兄の景義は頼朝側)は石橋山に頼朝を討ちに向かう。飯田義家は頼朝側につこうとと石橋山に向かうも、大庭景親の大軍に遭遇し、とりあえず大庭軍に合流。結局、石橋山の戦いの中で。飯田義家は頼朝を助けることに。そんな彼の館跡を見てみたいと、境川のサイクリングロードを下りました。

巡礼を楽しむ レキササイズ season 4-泉富士塚

案内板
富士塚公園
公園の周辺は、源頼朝が石橋山に兵を挙げたとき、平家側関東総大将大庭景親に従いながら、頼朝を助けた飯田五郎家義の館があったといわれるところで、公園には富士塚城址碑が建てられています。明治32年、五輪塔や納骨瓶の出土を機に家義を偲び公園裏の竹藪に「古賢大菩薩」の石塔が建てられました。近くの東泉寺境内には「薬王院殿家興順能大居士」と刻まれた家義の供養塔や家義ゆかりの薬師堂があり、薬師如来像にまつわる伝説も残っています。
  泉区役所


今は小さな公園、その斜め上に横浜市営地下鉄の線路が通っています。境川を渡るために陸に出ている部分です。
2012年4月29日 訪問

ごめんなさい。
最初は駅前の飲み屋かと思いました。提灯と引き戸の組み合わせで駅前にあったので、そう思いました。
お地蔵様、首が無いのでしょうか。そう見えましたが、首が無いのではなく大きな石にお姿が彫られていました。きれいな花が供えられていたので、町の方々には地元の守り神として大切にされているのがわかります。調べると、阿弥陀像の庚申塔だということですが、なんなのでしょう?阿弥陀像と庚申塔のつながりがりを知りませんが、更に調べると、阿弥陀像だけでなく、猿田彦太神像、阿弥陀如来像、薬師如来像、観音像、地蔵像、不動像、道祖神像、仁王像、水天像、山王権現像、田の神像、閻魔像とか、庚申塔の彫り物はいろいろあるそうです。なかなか興味深い・・・。

ということで、元禄二年(一六八九)年につくられたようです。8月23日に和田地蔵まつり、24日に地蔵盆まつりがあるようです。お地蔵様をきっかけに、商店街や地元が盛り上がるというだけでも、活気を与えてくれるので、それ自体が御利益になっているんでしょう。

巡礼を楽しむ レキササイズ season 4-和田地蔵尊

ワタシはこの日、和田駅からチャリで三ツ沢方面に行く予定でした。ここでお参りして、和田不動尊(真福寺)の近くを通ったとき、チャリがパンクしました。そこで、この日の巡礼はキャンセルになりました。お地蔵様に今日は日が悪いからすぐ帰れとでも言われたのかもしれません。ちょっと気になるお地蔵様です。
2008年2月9日 訪問