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巡礼を楽しむ レキササイズ season 4

歴史散策の楽しみのひとつ。霊場巡りをお気楽に楽しんでいます。

レキササイズって、造語です。
歴史散策をしながらダイエットをしようというところから
レキシ+エキササイズの意味合いで名づけました。
ダイエットもそろそろ頑張ります。

富岡八幡宮は蛭子様です。
巡礼を楽しむ レキササイズ season 4-富岡八幡宮1  巡礼を楽しむ レキササイズ season 4-富岡八幡宮3
歴史は古く、源頼朝が鎌倉幕府の鬼門除けの位置づけにした神社のひとつです。
横浜市内には鎌倉に対して鬼門の方向なのでしょう。数ヶ所、頼朝の鬼門除けの神社仏閣があります。
20年間の流人時代に、いろいろ知識を得てきたこともあるでしょうが、慎重すぎるのか臆病なのか、彼の性格をうかがえることのひとつかもしれません。
しかし、彼のおかげで、いろいろ散策と詮索が楽しめるのもありがたいと思っています。

鳥居をくぐり、比較的広い参道を進みます。左側には、神社紹介の案内板が並びます。
正面に本堂があります。本堂前の右側に社務所があります。
本堂の右側に、ポツンと恵比寿様の像があります。
イベントをしている割には、神社の規模の割には、だいぶさびしい像だという印象です。
像の大きさは問題ではないのでしょうが、鎮座場所もいまいち目立たないし、もう一工夫(高い台の上とか)あったほうがいいように思えました。
巡礼を楽しむ レキササイズ season 4-富岡八幡宮2  巡礼を楽しむ レキササイズ season 4-富岡八幡宮スタンプ
あと六ヶ所巡らねばならないので、お参りをすませ、早々に引き揚げ。

2008年正月 訪問

各地にある七福神巡りも楽しみのひとつです。

2008年の正月に、横浜金沢七福神巡りを楽しみました。
巡礼を楽しむ レキササイズ season 4-金沢七福神パンフ  巡礼を楽しむ レキササイズ season 4-金沢七福神マップ

ちょっと古い記録です。まだご朱印集めをしていない頃で、まさにスタンプラリーの巡礼の時期のワタシです。

折りたたみチャリで巡りました。

巡礼を楽しむ レキササイズ season 4-M38_29浄林寺1 馬堀海岸のほうから歩いてきました。
交差点に浄林寺の案内石柱があったので、地図を確認。
向きがわかりません。
トンネルに向かって進み、トンネルを通り抜けました。
何か変?
やはり道を間違えていたと気づき、もとのところに戻り、もうひとつの道を進みました。
あった。ありました。浄林寺。
門に案内板があり、池月(生食、生唼とかも)という馬の馬頭観音があると記されていました。
中世のスイッチが入りました。
池月といえば、木曾義仲討伐の宇治川合戦で、佐々木信綱の池月と梶原景季の麿墨が先陣争いをしたときの馬の名前。
境内から出て、坂道を上らなくてはいけません。
カミさんといっしょだったので、馬頭観音は別途一人で訪問しました。
巡礼を楽しむ レキササイズ season 4-M38_29浄林寺2  巡礼を楽しむ レキササイズ season 4-M38_29浄林寺4
案内板
「馬頭観世音菩薩縁起」
 当山一帯の地は古来より観世音菩薩のご出現になられる霊地であると言い伝えられて参りました。
 その昔房州嶺岡(今の千葉県江見町あたり)に、凶暴な馬が現れ住みつき村人はこの馬を「荒潮」と名づけ恐れて近寄りませんでした。しかしこの馬がしだいに畑の作物を荒らすので村人が追い払うことを決めました。馬は村人から逃げ海中に飛び込み当時の相模の国、小原台の地にたどり着きました。
 馬は疲れと渇きを癒すため傍らの岩を足で掘った処、清水が湧きだしその水で渇きをいやし見事な駿馬に生まれ変わりました。この噂を聞いた時の領主三浦荒次郎義澄はこの馬を捕獲し時の将軍源頼朝公に献上したところ大変お慶びになられ、「池月」と命名されました。寿永二年、宇治川の合戦に際し頼朝公はこの池月を佐々木四郎高綱に与えられ「平家物語」に語られるように梶原景孝の愛馬「磨墨」と先陣の争いとなりこの世に名声を残すことになりました。
 当所の馬堀という地名はこれより起こり、馬の堀った井戸は霊水が今も尚尽きることがありません。

浄林寺題三七世祥誉泰隆代
平成十四年四月吉日  横須賀市馬堀町 浄林寺


馬堀海岸の由来も池月伝説とは知りませんでした。
池月はいろいろな伝説があるので、どれが正しいなんて思っていませんが、こんな足で稼いだ発見はうれしいものだと思っています。

これにて、三浦三十八地蔵尊巡りは結願となります。
次のご開帳は12年先になります。
きっと、また景色が変わっていると思います。イヤ、ワタシは生きていないかもしれません。
生きていたら、もう一度巡ってみたいと思いました。
2011年5月22日 訪問
巡礼を楽しむ レキササイズ season 4-M38_29浄林寺ご朱印  巡礼を楽しむ レキササイズ season 4-M38_29浄林寺3
三浦三十八地蔵尊 2011年卯年巡礼 完

巡礼を楽しむ レキササイズ season 4-本_源頼朝 平治の乱から木曽義仲の最後までということで、スタートはともかく、終わりは中途半端な時期となっています。
もう少し読みたいというところでの終わりとなっています。
頼朝十三歳から三十六歳というところです。
鎌倉幕府の時代には年老いてしまっている役者達の若かりし頃の活躍も描かれています。
鎌倉散策の時に彼らの生き様を思い出すのは、この本がベースになています。

他の小説ではあまりはっきり書かれていない八重姫との出会いは、この本が一番イメージを描かせてくれます。
かわいらしく純粋な八重姫に対して、一癖のある大人びた政子という、二人の女性が対照的です。

ワタシの中世への憧れを持たせていただいた貴重な小説です。
この小説から入ったばかりに、ワタシが中世を見るときのイメージのバックボーンになっています。
平清盛の大河ドラマも、この小説と重ねてイメージをしています。

三巻まであります。

門の右側に庚申塚群があります。
異様な雰囲気がするお寺です。
庚申塚って、ワタシはこんな信仰があるとは知ったのは、数年前。
チャリ散策していると、けっこう庚申塚を見ることがあります。
現代ではまったく見たこともない信仰ですが、昔はけっこう流行っていたようです。


庚申信仰(こうしんしんこう) [ 日本大百科全書(小学館) ]より
十干十二支の組合せの一つで、60日または60年ごとに巡ってくる庚申(かのえさる)の日に営まれる信仰行事。元来は道教の三尸(さんし)の説に端を発している。人の体内にいる三尸という虫が、庚申の夜に人が眠るのを見澄まして天に昇り、天帝にその人の罪を告げる。すると、天帝はその人を早死にさせるというのである。したがって、長生きするためには、その夜は眠らないで身を慎むのである。・・・以下略
巡礼を楽しむ レキササイズ season 4-M38_28貞昌寺1  巡礼を楽しむ レキササイズ season 4-M38_28貞昌寺2
その門を入り、本堂に向かいます。
向井正方という方のお墓があるそうです。
このお寺のキーマンのようですが、江戸時代の方ということで、深みに入らず素通りします。

案内板抜粋
 この貞昌寺は、もと吸江庵と称して竹沢の里の置くにありましたが、(向井)正方は、母の貞昌院高雲素閑尼の追善のため堂宇を建立して貞昌寺と改めました。
 安永三年(一七七四)、正方の子孫正香と住職の天州和尚とが相計って現在地に寺を移したと伝えられています。

住職さんに、次のお寺。いよいよ最後になりますが、浄林寺への行き方を確認。
聞いたのですが、すぐ忘れるたぁ。結局大通りからバスに乗りました。
2011年5月22日 訪問
巡礼を楽しむ レキササイズ season 4-M38_28貞昌寺3  巡礼を楽しむ レキササイズ season 4-M38_28貞昌寺ご朱印