お寺だけでなく、いろいろ巡礼があります。
通勤経路にサバ神社と呼ばれる神社のいくつかがあります。
源義朝を祀る神社が9社、源満仲を祀る神社が3社あります。
義朝の佐馬頭が由来だという説等、いろいろあるそうですが、不明とのこと。
境川周辺に集中しています。
いろいろ巡礼をつまみ食いしていますが、霊場巡り、七福神巡りのほかにもローカルなものがありそうです。
お寺ばかりでなく、神社もまた巡礼は楽しめます。
こちらについても書き込んでいきます。
お寺だけでなく、いろいろ巡礼があります。
通勤経路にサバ神社と呼ばれる神社のいくつかがあります。
源義朝を祀る神社が9社、源満仲を祀る神社が3社あります。
義朝の佐馬頭が由来だという説等、いろいろあるそうですが、不明とのこと。
境川周辺に集中しています。
いろいろ巡礼をつまみ食いしていますが、霊場巡り、七福神巡りのほかにもローカルなものがありそうです。
お寺ばかりでなく、神社もまた巡礼は楽しめます。
こちらについても書き込んでいきます。
お寺の由緒を楽しみに巡っているのですが、あっさりしている由緒はちょっと淋しいものがあります。
このお寺も紹介があっさりしていました。
ということで、ワタシのコメントもあっさりとしておきます。
専称寺のホームページより
宗 派 浄土宗
宗 祖 法然上人
総本山 京都 知恩院
開 山 光蓮社明譽上人
天正年間 (1573~1591年)
松澤山一向院専称寺として開山
本 尊 阿弥陀如来立像 長二尺八寸
(六阿弥陀の一つと称される)
なにか物足りないのは、関連した歴史上の人物の名前がでてこないこと。
日本全体から見れば、信長、秀吉の全盛期でもあり、小机などローカルなエリアでの出来事などは・・・というタイミングだったのでしょう。
後北条氏は氏政、氏直の時代で、上杉謙信、武田信玄との戦や同盟やら、戦国時代の真っ只中。
大変な時代に開山していることになります。
横浜市神奈川区
2006年5月20日訪問
このお寺、紋が笹竜胆。源氏の紋でした。源頼朝が佐々木高綱を奉行として建立したそうです。
『奉行として』?という意味がよくわかりません。このような表現のものは初めて見ました。
いずれにしても、源頼朝ゆかりの寺と聞くと、テンションが上がります。
佐々木兄弟といえば、伊豆での挙兵、山木邸襲撃のとき、大雨のため遅刻してきたことを思い出します。
携帯電話もない時代ですから、遅刻の連絡もできずに、大勝負の前にイライラしていたことと思います。
彼は頼朝の相当気に入られていたのだと思います。
佐々木高綱で思い出すのは、三浦三十八地蔵尊巡りで行った浄林寺の『池月』の馬頭観音です。
彼は頼朝からいただいた名馬『池月』で、木曾義仲との宇治川の戦いで、梶原景季の『磨墨』と先陣を争ったということです。
その『池月』の馬頭観音がこの地の近くにもあるということで、行こう行こうと思いつつ、数年経ってしまいました。
思い立ったらすぐに行かないと、行けなくなりますね。
入り口に迫力のある仁王様がおられます。
境内は広く、子供たちの自転車群がとまっています。
子供たちの遊び場にもなっているのかもしれません。
新横浜も近く、交通量の多い道路のそばにありますが、静かな境内が印象的でした。
印融法印の墓があります。
印融法印とは、室町・戦国時代の真言宗の僧ということでとどめておきます。
最近、この近くのニトリや、その対抗馬IKEAやララポートに来るのですが、交差点の三会寺を見るたびに、『さんねじ』と読むことをいつも忘れています。難しい読み方です。
横浜市港北区
2006年6月24日訪問