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巡礼を楽しむ レキササイズ season 4

歴史散策の楽しみのひとつ。霊場巡りをお気楽に楽しんでいます。

レキササイズって、造語です。
歴史散策をしながらダイエットをしようというところから
レキシ+エキササイズの意味合いで名づけました。
ダイエットもそろそろ頑張ります。

横浜もまだまだ田舎の風景が残っています。
山と畑と小川。 子供の頃に遊んだ景色に似ています。 その中に古びたお寺が・・・。(子供の頃のお寺は古びたのが多かった) というと絵になりますが、龍雲寺は古びた感じがあまりしませんでした。
景色の古さとは対照的に新しさも感じました。 しっかり手入れをされてきたからでしょう。

六地蔵に挨拶して散策を始めようと思いました。 六地蔵のところにネコがいます。 近づいても離れません。 主なのでしょうか。ブキミです。

やせ細ったお釈迦様の銅像がありました。 その後ろにボダイジュが古木としてあり、悟りを開いた場面を意識してレイアウトをされていると思います。住職さんが草刈をしていました。 エンジン付きの草刈機です。ブーン、ブーンの音は昔は無かったのでしょう。
私から見ると、過去と現在が入り組んだ複雑な景色でした。

巡礼を楽しむ レキササイズ season 4-龍雲寺

2006年6月24日 訪問

赤い観音堂のほうが、山門から見える本堂よりも目立って見えます。
北条泰時が明恵上人からいただいた薬師如来を祀った寺ということで、ここは北条泰時に所縁のあるお寺ということになります。
もともとは岡村町1丁目の薬師畑にあった霊雲山竜錫寺というお寺が前身だったということです。
鎌倉街道に近いのですが、それでも、日々お参りに行く距離ではなかったと思います。
火災で焼失し、嘉暦3年(1328)に、現在地に金蔵院として中興されたそうです。

北条泰時は北条執権三代目です。承久の乱では東軍の先頭に立ち活躍しました。
その承久の乱の残党狩りで、明恵上人と出会い、彼に引かれていった・・・。
明恵上人からいただいた薬師如来を祀った寺ということになり、中世の物語巡りにふさわしいと思っています。

明恵上人・・・
かつて頼朝の挙兵をあおった源義朝のドクロを首にかけた文覚上人の弟子、上覚上人の甥にあたります。
泰時の作った御成敗式目は、明恵に影響を受けたと聞いたことがあります。

巡礼を楽しむ レキササイズ season 4-金蔵院

2007年3月31日 訪問

ワタシが幼児園に通っていた道にあります。 全然気がつきませんでした。そんなものなのでしょう。

磯子七福神 弁財天
新四国東国八十八ヶ所霊場 第48番
本堂左の観音堂は、昭和49年(1974)群馬県妙技神社の護摩堂(約200年前の建築)を移築。
嘉暦3年(1328)に、中興したのが、真言僧理空上人。
現在の本堂は昭和39年(1964)に落慶。
観音堂の如意輪観世音菩薩は北条泰時内室の念持仏。

巡礼を楽しむ レキササイズ season 4-金蔵院弁才天

2006年4月30日 訪問

巡礼を楽しむ レキササイズ season 4-パンフ表紙 駐車場から裕次郎灯台が見えます。ここから見える夕日は『かながわの景勝50選』に選ばれています。この日の訪問は午前十時、天気は曇りということで、パッとしない天気でした。今度は天気の良い夕方に来なくてはと。

源頼朝が三嶋明神の御分霊を勧請したのが始まりとのこと。

挙兵成功により、鎌倉幕府の構築を行っていく期間に、信心深い彼は、いくつもの神社仏閣を建立したり、再興したり、奉納したりしています。

三浦一族が支配していた三浦半島にも、彼に関わる多くの神社仏閣があります。


森戸大明神の由緒(パンフレットより)

永暦元年(一一六〇)伊豆の蛭ヶ小島に流された源頼朝公は、三嶋明神を深く信仰し、源氏の再興を祈願した。          
治承四年(一一八〇)その神助を得て旗挙げに成功し、天下を治めた頼朝公は、信奉する三嶋明神の御分霊を鎌倉に近きこの聖地に勧請し、永く謝恩の誠を捧げたと伝えられている。「吾妻鏡」によれば、歴代将軍自らこの地を訪れ、流鏑馬、笠懸、相撲等の武事を行ったという。また、厄災が生じると加持祈祷が行われ、七瀬祓の霊所としても重要な地であったと記されている。
源氏はもとより三浦、北条、足利諸氏の崇敬も篤く、天正十九年(一五九一)には徳川家康公より社領七石が寄進された。延宝二年(一六七四)に徳川光圀公、明治二十五年(一八九二)には英照皇太后陛下の御参拝を仰いだ。
現在も、葉山の総鎮守として町内はもとより、近郷近在より多くの参詣者が訪れている。
境内より富士・箱根・伊豆半島を望む「森戸の夕照」は、かながわ景勝五〇選に選ばれている。


ワタシは子供の頃は釣りが好きで、神社の横の森戸川でハゼやチンチン釣りを楽しみました。また森戸海岸からボートでキス釣りもした記憶があります。

巡礼を楽しむ レキササイズ season 4-合体森戸
2012年3月24日 訪問

大倉山・・・響きのいい名前です。実業家大倉邦彦氏に由来する名前だそうです。
駅の近くの山の麓をぐるりと一周チャリで回ってきました。

旧小机領三十三観音霊場巡りで、初めてご開帳のタイミングに訪問できました。
けっこうにぎやいでおりました。
境内にテントが張られ、巡礼者に接待をしており、ワタシもおいしいたくわんとお茶とお菓子で接待を受けました。

巡礼を楽しむ レキササイズ season 4-歓成院

歓成院 HPより
当院は、室町時代に善通法印により開創されたが、その開創年月日は正式の記録が残されていないため、開山和尚、善通法印の没年である永禄三年をもって開創としている。本尊は現在は十一面観音であるが、安政三年の本堂焼失前は不動明王であったという。現存する元禄期間眼と記された不動明王立像が、その本尊仏であるかどうかは判然としない。現本尊、十一面観音観音座像は鎌倉期の運慶の作と古い石柱に刻まれているが、本院と大倉山駅との中間の山麓に位置していた飛地境内の観音堂に安置されていたものを、火災後、観音堂ともども本境内に移したものである。明治三十年に本堂を再建後は、仮本堂となっていた旧観音堂を庫裡として永年使っていたが、昭和四十八年庫裡・客殿の新築に伴い解体された。

2008年4月5日 訪問