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巡礼を楽しむ レキササイズ season 4

歴史散策の楽しみのひとつ。霊場巡りをお気楽に楽しんでいます。

レキササイズって、造語です。
歴史散策をしながらダイエットをしようというところから
レキシ+エキササイズの意味合いで名づけました。
ダイエットもそろそろ頑張ります。

カミさんは、すでに一人で行って弘明寺のご朱印をいただいています。

カミさんにご朱印の埋まり具合を合わせなくてはと、天候大荒れの予報が出ているにも関わらず、ウオーキングを兼ねての一人巡礼で行きました。

この日は寒いとも天気予報で言われていましたので、厚着で行くか薄着にするか悩みつつ、セーターだけをチョッキに変えて冬の格好ででかけました。

バス、相鉄、京急と乗り換え、弘明寺に着きました。電車の駅名が寺名となっているのは、長谷とここくらいだろうと思います。非常にわかりやすい。

駅から急坂を下るとすぐに駐車場側から境内に入る道があります。この日もそこからいきなり境内に入りました。

天気が荒れるということと、朝9時半ということもあって、境内はガラガラでした。

巡礼を楽しむ レキササイズ season 4-弘明寺
巡礼を楽しむ レキササイズ season 4-弘明寺ご朱印

2012年3月31日 訪問

横浜人のワタシがチャリダイエットを選んだのは正解のようでした。
横浜はアップダウンが激しく、体をいたぶるには適したコースが多いです。
この薬王寺周辺も坂道が多く、やっとの思いでたどり着きましたが、山門からはまた石段です。
坂の上にあるので、町の景色もバッチリです。
神社仏閣は丘の上にあることが多く、神様仏様も町を見守っていらっしゃる・・・。そんなイメージを持ちます。
巡礼を楽しむ レキササイズ season 4-21薬王寺
2006年4月22日 訪問

平子(たいらこ と読むそうです)氏の有長は、あの『曽我兄弟仇討』で有名な曽我兄弟と、最初に切りあった方だそうです。彼は大けがを負い、この近辺で療養したとのことです。三浦一族とルーツは同じだそうです。

中世の頃、このあたりは海辺であったのだろうと思います。今では、このお寺から海辺へ行くには、そうとうな距離があります。ワタシが子どもの頃の磯子も、京浜東北線の線路のそばまで海でしたが、現在は、そこからも海岸線はだいぶ奥まっています。『磯』のあった形跡は皆無となっています。


案内板
高野山真言宗禅馬山三郷院真照寺は、寿永元年(1182)、源頼朝の御家人で「吾妻鏡」にその名前が見える平子平馬丞有長の再興した寺であるといわれています。
有長は、建久4年(1193)、源頼朝が富士の巻狩りの折、曽我十郎と切りむすんだ人です。
平子氏は、中世末期、小田原北条氏が関東に進出するまで、現在の横浜市域のうち、中区・南区・磯子区を領有していました。平子氏の館跡が真照寺の境内を含む地域であろうといわれています。
 (社)横浜国際観光協会  横浜市教育委員会文化財課 平成4年3月


平子平馬丞有長:
三浦一族とルーツを同じくする源頼朝の御家人。三浦大介義明の父為継の兄弟、為通の系統。有名な「曾我兄弟仇討」で、敵と最初に太刀を合わせ負傷し、勇者として名を残す。この傷をこのお寺で療養したといわれています。平子一族の菩提寺とし、毘沙門堂を建立した。毘沙門堂に祀られた毘沙門像は、有長の影像といわれています。久良岐郡内の平子郷が苗字のルーツで、 郡内の地名には 石川・禅馬(磯子)・戸部・永田・根岸・本牧・蒔田・横浜などがあるそうです。
(宝生寺伝)

巡礼を楽しむ レキササイズ season 4-真照寺

小学生のころにはまったく興味のなかった地元の歴史ですが改めて楽しませてもらっています。

2006年4月30日 訪問

我が小学校の隣にあります。 小学生の頃から知っているお寺なのでしょう。でも建物に記憶がありますが、日本のお寺という感じではなかったのでお寺とは思っていなかったような記憶です。
小学校の木造の建物はもはや無いのですが、お寺の形は当時そのものが残っています。
子供心にインドの建物があるぞ!と見ていたような気がします。
このお寺の横で、野球を楽しんでいました。今や、住宅地になっていて、空き地は全くありません。

巡礼を楽しむ レキササイズ season 4-真照寺毘沙門天

2006年4月30日 訪問

246号線からやってきました。
お経の声が境内に響いています。声のハリといい、透き通った響きです。 お経とはこんなに心地よいものかと思うほどです。しばらく聞きほれていました。
大小の絵馬で有名なのだそうです。

巡礼を楽しむ レキササイズ season 4-真福寺

2006年8月17日訪問