普通のお寺です・・・鉄筋コンクリートの本堂や、かなりモダン化された境内を観すぎているせいか、最初の感想がこうでした。
自分がイメージを持つお寺そのものです。山門をくぐり、静かな境内。正面に本堂・・・。山門から町も見下ろせる。
天平年間(729~)行基大師の開山・・・ということからも古刹の重みを感じます。
2006年5月20日 訪問
三十三のうち二十五を巡ってきました。これ以降は今年のダイエットチャリ巡礼となります。
このお寺も、白石蔵王駅で時間つぶしに見つけたパンフレットです。
さすが重要文化財だけあって、まさに重い感じがします。
行きたいなぁと思いつつ、パンフだけでガマン・・・。
パンフより
阿武隈川の下流、角田市の西方に位置する高蔵寺は、西暦八一九年に徳一菩薩が創建したと伝えています。
当地は、角田の市街地から国道113号線を白石方面へ約八キロメートルほど行くと、左手に朱塗りの「高蔵寺橋」が見えてきます。寺は国道より橋を渡り渓流沿いに僅かに入った三方が山に囲まれた清閑なところです。境内の杉や裏山のかやの林は、数百年を経た古木で他に見ることの出来ない程の特異な景観を呈しています。
高蔵寺開山以来子有余年、時の流れにより栄枯盛衰幾たびかの変遷を経て、今日に至っていますが、かつては大門坊、入ノ坊、清水堂の三坊を有して栄えたときのことが、「奥羽観跡聞老誌」や「安永風土記」に詳しく書き記されています。
2012年4月18日 入手
『お気楽』と枕詞を付けたのは、行ってもいないのですが、駅で見つけたパンフレットを見て、お参りした気分になっているからです。
待ち合わせまでの時間があったのと、とはいうもののお寺までは行く時間がないので、そういうことになりました。
この地の英雄、片倉小十郎景綱(伊達正宗の腹心)の菩提寺とのことです。
いずれ訪問したいと思いつつ、この日はパンフレットで我慢の子でした。
パンフより
傑山寺の由来
常英山傑山寺は初代片倉小十郎景綱公が1608年(慶長13年)に建立した寺であり、片倉家の菩提寺として景綱公始め、代々の城主とその奥方らが弔われています。
本尊は拈華釈迦如来立像で開山し、二世松厳和尚と三世霞山和尚によって末寺13ヶ寺(現在は8ヶ寺)が建立されました。
景綱公(1615年没)の墓は敵にあばかれぬよう敢えて墓標をつくらず、一本杉をその印にしたとされています。その老木は、まさに小十郎の実直な人柄を表すかのように山内にひときわ高く、堂々とそびえ立っています。境内には十一面観音菩薩(子安観音)がまつられている観音堂や、角界に今もなおその名を轟かせている初代谷風の墓、井伏鱒二の書いた文学碑、そして片倉家とゆかりの深い北海道松前藩の松前安広とその子孫の墓所などがあります。
秋には紅葉の巨木たちが傑出寺山を囲み、圧倒的な美しさで訪れる人々の目を楽しませています。
2012年4月18日 入手