昨日、奥さんが録画していた番組を観ました。
「南京事件」について、前回(2015年)放送から様々な意見を受け、さらにこの間に発掘された記録類や証言等を加え、丁寧に真摯に検証されたものだと思います。
私は以前、三笠宮殿下が亡くなられた際に、日記や日誌、回想録等の記録からこの問題を取り上げたことがあります。その際にも様々なご意見をいただき、また意見を述べさせていただきました。
いわゆる「南京事件」=捕虜・民間人などの大量殺害行為が事実であることは、当時の兵士の証言、日誌・日記類の記録に加え、今回取材を受けた「郷土部隊史」記事(自衛行為だった)を記録・執筆された記者の発言によって、揺るがないものとなったと理解します。さらに、“まぼろし派“の皆さんの根拠が、今回の「戦史」記事によるものであったことが明白となり、その記事を取材された記者が「やむを得ずとはいえ、虐殺が行われたことを認め、そこから将来を考えるべき」旨の発言をされている以上、これで決着するべきと考えます。
それでも、「当時の日本軍は厳しい規律が守られていた」として「優しい日本人、世界の一等国民だった日本人が残虐行為をする筈がない」的な論調はあるかもしれません。もしくは、今流行の「記録より記憶の方が正しいから、無かったといっている人の方が正しいのだ」と言うかもしれませんね。また、「ジュネーブ条約(捕虜の取り扱い)…1864年策定、その後追加付議され、現行は1949年確定…に日本は締結していないから、捕虜・民間人などの取り扱いは束縛されない」と言う方も存在するでしょう。しかし、ハーグ陸戦条約(1899年)…戦争の規定、兵器の使用、捕虜・民間人などの扱い等々…には調印しており、戦時中には対戦国からジュネーブ条約の遵守を求められていることも明らかになっていますので、正当化には無理がありますよね。
当時の日本軍は有名な東條首相による「戦陣訓」…これあるだけでも、東條氏は重大責任があると理解します…ばかりでなく、明治以来の陸海軍の刑法等によって、捕虜になることは不名誉なこととの認識が共有されていました。故に捕虜になった対戦国の兵士に対し、労働や食料等で差別的に厳しい処遇を課す傾向にあった、規律に厳しいからこそ余計そうなる傾向があったことは、軍幹部も認めています。捕虜を厚遇したと今村均大将などが、その後どこに配置…インドネシア方面戦線からラバウル方面戦線の司令官に…されたか等を調べても分かります。そして、残念なことに南京ばかりでなく、当時の占領地域などで同様の事件…バターン死の行進や人肉事件等々…が発生し、日本の軍法会議にかけられた事例も1,2ではありませんから、南京事件だけが特別ではありません。
民間人はもちろん、それが兵士であれ、例え無抵抗でなくとも武器を持たない者を裁判も無く処刑することは、それを並べて処刑したことは“虐殺”と言わざるを得ないでしょう。国際法に規定する大虐殺は無かった…と言われることがありますが、そもそも国際法に定義しているのは“虐殺”であり、“大…”は装飾表現に過ぎません。人数の問題でもないのです。
よく乃木大将の旅順事件を引き合いに、先に相手側に虐殺行為があったから報復したのだ、と正当性を訴えたり、東京大空襲などの無差別爆撃や原爆投下を持ち出して、相手も同様の行為を行っているから戦時下ではやむを得ないのだ…お互い様だ…的な話も出ます。でも、相手もやってるからと非難するのなら、自分たちの行いも非難対象としなければ不公平ですよね。
南京事件は中国政府のプロパガンダに乗せられていると、ムキになって否定する方が、ずっと日本の戦争責任を追求できると相手の思うつぼで、歴史を修正しようとする人たちの方が利敵行為で、その彼らが掲げる国益の毀損に当たるのではないでしょうか。
日本軍ご捕虜・民間人などを虐待した要因には、当時の食料事情と、兵員の配置状況もあります。先の軍紀に基づくためか、日本軍ではそれほどの捕虜を想定していなかったため、兵士を養う程度の食料…それすらも現地調達も計算していました…しか準備されていなかったこと、捕虜の監督など兵士…武士道ですか?!…の仕事ではないとして、前線への動員計画が優先される傾向にあったことにより、「捕虜は足手まといだから、処理してしまおう」と安易に決断されてしまったことも、当時の記録(日報・日記)から読み取れます。
南京事件ばかりでなく、これらを虐殺とされないようにするためには、やはり軍法会議を開催して何らかの罪状を内外に明白にするべきだった、そうしてアリバイを公式記録に残しておくべきだったのです。本当に逃亡や暴動などの犯罪があったのなら、なおさらですよね。でも、そんな事件もなかったから、軍法会議を開くこともできなかったのでしょうが…
いわゆる東京裁判や、それに関わってBC級裁判を「戦勝国の一方的な報復だ」と否定したがる勢力がありますが、一方的な報復をするにも体裁を整え、罪状を公式記録に残した連合国に対して、何とも粗雑で粗野な行為だったと理解するものです。
だからこそキチンと学び、精査して反省と教訓にすることが、これこらの時代を生きて行く私たち、そして子供や孫たちに必要だと考えます。