飲み会そのものがどうこうではないのですが、一種の象徴ではあります。会社の同僚との飲み会は
「ビジネスに食い込んだプライベート」
という点で、人間関係上重要な位置付けにあります。
 
 昨年3月まで勤務した会社で2回飲み会に参加し、少しだけ自信をつけたのは大変甘かったと言わざるを得ません。同僚として一緒に働いていた訳ではないので、
「親しい取引先の人との飲み会」
に近いものでした。
 
 毎日顔を合わせ、協力し合い、苦楽を共にした同僚との間には、自分で気づいていなくても、ビジネスを越えた人間関係が発生しています。
 自分が誰とでも仲良くなれるタイプではないため、人間関係の発生した同僚は情報源として貴重です。押しつけがましくなく、面倒見のよい人というのはいるもので、私のような者にとって日常ありがたいです。
 
 それとは別に、お酒の席で性格が変わる人というのはいます。それは一緒にお酒を飲んでみないとなかなかわかりません。
 面倒見のよい人には説教族的な側面がある、というのはこれまでの研究で知っていたことではありますが、普段世話になっておいてそういうつながりで考えるとは何と恩知らずなことでしょう。罪悪感が警戒作戦を躊躇させます。
 
 さらに、お酒を飲んでいると頭の働きが鈍るものです。頭の働きが鈍っている時に目の前で思いもかけない事態が拡がり、そこにいるのは日頃世話になっている人です。みんな楽しそう、雰囲気を壊してはならない、
「えー、勘弁して下さいよー」
なんかでは伝わらない、
「やめて下さい」
と言えるか、席を立って帰れるか、それは今後の人間関係にどんな影響を与えるのか、とっさの判断となると、私の明晰でない頭脳は吹っ飛びそうです。
「断ればいいじゃん」
と簡単に言われますが、後からなら何でも言えます。
 大学1年生が新入生歓迎会で飲まされて亡くなった話がありますが、先輩とうまくやりたい、これからの大学生活を充実させたい、就職人脈を育てたい、その一心だったのでしょう。まさか命がかかっているなんて思わずに。
 
 自分の問題として考えた時、大きな課題です。忘年会にも送別会にも出ない人、とキャラを固定させるか、相手との距離感をどう計るか、今回ひとつ教訓を得たとしたら、
「半年以上つき合いのある面倒見のいい人は、どんなにいい人でも要注意」
ということです。
 
参考記事 : 会社の飲み会   会社の飲み会2
 
 
 1月9日の記事。酒の適量は、その日の体調なんかでも変わる。無理するなったって、場の雰囲気を壊して空気読めない奴扱いになるリスクと比較すると、多少無理してしまうことはあるだろう。私もそろそろ場の雰囲気を壊す人であることが一部にばれつつある。