井出草平の研究ノート様
「アスペルガー症候群の予後は明るいと考えていたアスペルガー 」
上のタイトルの最後の「アスペルガー」は、AS者のことではなく発見者の名です。予後は明るいと、私も思っていたですよ。このブログを始めた当初は
「こういう障害があると知らないからびっくりして怒りだすので知っていればノー問題」
とお気楽に考えていたものです。
しかし努力努力教の威力は、想像をはるかに超えたものでした。
「ちょっとやってみてできないからできない、と決めつけてはかえって可能性の芽を摘むことになる」
「自分が努力するのが先」
はいはい正論。ここを突破するには、会う人会う人ごとに、死に物狂いで努力している姿を見てもらわないといけません。仮に見せることができたとしても、時間がかかるし、素人の主観による評価だし、努力しているように見えないのも障害の1つです。
努力は日常生活のあらゆる点に及ぶのに、時間配分など考慮に入れず、1つの事象だけを捉えて
「努力していない」
と断罪されます。私は1日中リコーダーの練習 をする毎日をずっと送る訳にはいかないのです。
同じ努力をするなら好きなことをした方ががんばれるし将来の職業につながりやすい、と発言しようものなら甘えだ甘えだ攻撃、引きこもりになって嫌いなリコーダーの練習を続けるしかありません。
それが4年前の状況だったのですが、その後の研究 により、少なくともネット上で人様に努力を強要する人は、自分が無職やニートで、努力なんかしたことのない人だと判明しました。リコーダーくらいは吹けたかも知れませんが。
社会にも変な人はいますが、そう多くありません。1人会うと全人類がそうだみたいに大げさに考えてお先真っ暗になりますが、そんなことはありません。ただ、日本は新卒社会なので、変な人に会う度に転職していたらいつか破綻します。
上司が変な人だと出世昇給が閉ざされてお先真っ暗になりますが、どうせ自分なんか出世できないからいいや、と割り切れれば何でもありません。こう書くと
「どうせ自分なんか」
の部分にだけ反応されて違う話になってしまうのですが。
そう考えると未来は明るいと、私も思います。
9月22日の記事。「あわせて読みたい」に音が出るようになってうざい。
「アスペルガー症候群の予後は明るいと考えていたアスペルガー 」
上のタイトルの最後の「アスペルガー」は、AS者のことではなく発見者の名です。予後は明るいと、私も思っていたですよ。このブログを始めた当初は
「こういう障害があると知らないからびっくりして怒りだすので知っていればノー問題」
とお気楽に考えていたものです。
しかし努力努力教の威力は、想像をはるかに超えたものでした。
「ちょっとやってみてできないからできない、と決めつけてはかえって可能性の芽を摘むことになる」
「自分が努力するのが先」
はいはい正論。ここを突破するには、会う人会う人ごとに、死に物狂いで努力している姿を見てもらわないといけません。仮に見せることができたとしても、時間がかかるし、素人の主観による評価だし、努力しているように見えないのも障害の1つです。
努力は日常生活のあらゆる点に及ぶのに、時間配分など考慮に入れず、1つの事象だけを捉えて
「努力していない」
と断罪されます。私は1日中リコーダーの練習 をする毎日をずっと送る訳にはいかないのです。
同じ努力をするなら好きなことをした方ががんばれるし将来の職業につながりやすい、と発言しようものなら甘えだ甘えだ攻撃、引きこもりになって嫌いなリコーダーの練習を続けるしかありません。
それが4年前の状況だったのですが、その後の研究 により、少なくともネット上で人様に努力を強要する人は、自分が無職やニートで、努力なんかしたことのない人だと判明しました。リコーダーくらいは吹けたかも知れませんが。
社会にも変な人はいますが、そう多くありません。1人会うと全人類がそうだみたいに大げさに考えてお先真っ暗になりますが、そんなことはありません。ただ、日本は新卒社会なので、変な人に会う度に転職していたらいつか破綻します。
上司が変な人だと出世昇給が閉ざされてお先真っ暗になりますが、どうせ自分なんか出世できないからいいや、と割り切れれば何でもありません。こう書くと
「どうせ自分なんか」
の部分にだけ反応されて違う話になってしまうのですが。
そう考えると未来は明るいと、私も思います。
9月22日の記事。「あわせて読みたい」に音が出るようになってうざい。