いつか書いてみたかった言葉です。リアルでも言われましたが、ネットでも近いことを言われました。要約すると、
「事情があって理由は言えないけれども、私があなたを殴るのは正当な行為である」
という意味です。これだとさすがに要約に悪意ありすぎですが。
言えないことなら証言としては無効なんだから錦の御旗に振りかざすなよ、と思うのですが、リアルで言われると自分に非があるような気分にさせられます。この
「自分に非があるような気分にさせられる」
というのは、今後の説教族研究において重点を置く1つとしたいところです。
後々思い出すと、その人も大したネタは持っていなかったのだろうと推測します。
「自分の方がすごいんだぞ」
と見せかけて、主導権を取るためのテクニックです。
ハッタリであることを知っていて使いこなしているのかと思ったら、どうも
「他人は自分より物事を知らない」「自分が知っている世界が最も広い」
と考えるのがデフォルトのようです。
自分だけが正しいと思うのは邪悪なことである、と散々怒られると、
「自分が間違っているのではないか」
がデフォルトになって混乱をきたしますが、ひどくなると神経症です。
そこで勘違い論 です。
「この人は何か勘違いしているのではないか」
という呪文を唱えることにより、視点を相手から自分に戻すのです。
相手の視点にフォーカスすると、自分が間違っているのではないかという思考に陥りますが、特に仕事上では一瞬たりともそういう隙を見せると無実の罪を着せられます。聞いていないこと、やっていないことなら毅然としなければなりません。
たいていの人は表面上の態度はどうあれ、自分が一番正しいと思っています。こちらもそう思いこまないと、何もかも信じられなくなり、今立っている地面すら崩壊してしまいます。
参考記事: とらわれる心 絶対非を認めない
8月14日の記事。アメーバのトップページの調子が悪いので、無事投稿できるか心配です。
「事情があって理由は言えないけれども、私があなたを殴るのは正当な行為である」
という意味です。これだとさすがに要約に悪意ありすぎですが。
言えないことなら証言としては無効なんだから錦の御旗に振りかざすなよ、と思うのですが、リアルで言われると自分に非があるような気分にさせられます。この
「自分に非があるような気分にさせられる」
というのは、今後の説教族研究において重点を置く1つとしたいところです。
後々思い出すと、その人も大したネタは持っていなかったのだろうと推測します。
「自分の方がすごいんだぞ」
と見せかけて、主導権を取るためのテクニックです。
ハッタリであることを知っていて使いこなしているのかと思ったら、どうも
「他人は自分より物事を知らない」「自分が知っている世界が最も広い」
と考えるのがデフォルトのようです。
自分だけが正しいと思うのは邪悪なことである、と散々怒られると、
「自分が間違っているのではないか」
がデフォルトになって混乱をきたしますが、ひどくなると神経症です。
そこで勘違い論 です。
「この人は何か勘違いしているのではないか」
という呪文を唱えることにより、視点を相手から自分に戻すのです。
相手の視点にフォーカスすると、自分が間違っているのではないかという思考に陥りますが、特に仕事上では一瞬たりともそういう隙を見せると無実の罪を着せられます。聞いていないこと、やっていないことなら毅然としなければなりません。
たいていの人は表面上の態度はどうあれ、自分が一番正しいと思っています。こちらもそう思いこまないと、何もかも信じられなくなり、今立っている地面すら崩壊してしまいます。
参考記事: とらわれる心 絶対非を認めない
8月14日の記事。アメーバのトップページの調子が悪いので、無事投稿できるか心配です。