トンコさんが過去記事の虫干し と題して、順にトップページにあげていらっしゃいます。何年もブログを書いている人の昔の記事は、リアルタイムで読んでいても新鮮で、自分にもあった初々しい時代を妄想含みに思い出します。
 
 影響されやすい私はすぐ自分もやってみようかなと思ったりするのですが、最初の半年間の記事はとてもお見せできません。お見せできませんと言っても隠している訳ではないので見ようと思えば見れるのですが、ご一緒はいたしませんので知らないふりをして下さい。
 文章が稚拙で、自分でもよくわかっていないことが多いのが恥ずかしいです。発達障害診断後の半年間、一生のうちあの半年間にしか書くことができなかったであろう貴重な記録です。
 
 今だったら、どんな批判や反論や助言が来るか、想像するだけでも恐ろしくて書けそうにありません。そういうことを一応想像して書いている今と、何も考えずに書いていたあの頃と比べると、当時の方がずっと価値あることを書いている、ように思います。
 人は知識を得ることで小さくまとまってしまうのですね。(まとまっているのか?)
 
 このブログは最初の半年とその後とでガラッとカラーが変わってしまいました。一番大きいのはコメント欄における批判、反論、助言の禁止を明言したことで す。無茶しますね。自分でもそう思うくらいですから読んでいる人はもっとでしょう。それに対してどんな批判、反論、助言をされるか、100くらい想像でき ます。
 何かこう、例えば説教するなと書けば
「悪いことをしている」
努力努力言うなと書けば
「努力していない」
誤字指摘うぜーと書けば
「こいつの文章は誤字だらけだ」
と勝手に転換されている気がしてなりません。あれですね、言葉だけの世界なのに、疑いをかけられたら、言葉でいくら否定しても有罪なんですね。説教族襲撃事件の時からですが、気が向けば検証します。
 
 ブログを書くことで成長する、という話には、私は懐疑的です。ひきこもりとかやっぱり奨励されるものではない気がするし、人の人としての成長は現実世界でこそでしょう。
 それでも文章力やコミュニケーション能力が磨かれるし、考える機会が多くなり、ネタにするかしないかは別としていろいろ調べ物をするから知識も増えます。
 あの頃はあの頃で悪くはないけれど、ずっとあのままではまずかったでしょうから、今の自分もまあまあです。
 
 
 10月16日の記事。素直で謙虚で一生懸命だった、あの頃の自分の方が好きなのです。