ネット上でASはこんなにひどいことをするみたいな話を読みますと
「えー、私こんなことしなーい」
と思うことも多いですが、身内の証言等を考慮しますと、もしかするとしているかも知れません。
 
 材料その1。先日の記事「人のせいにしてはいけない 」で、「人のせいにすること」と「対策を考えないこと」は一般的にセットで捉えられていることがわかりました。AをしたらすなわちBしたことになるという、私の知らない組み合わせが他にもありそうです。自分ではAしかしていないつもりで
「Bした、ひどい」
という文を読み、自分はこんなことしていないと思うのかも知れません。
 
 材料その2。上と密接な関わりがあると思われる「行動と心情 」。行動表現が心情的に解釈されたりあるいはその逆があったりすると、自分ではAしかしていないつもりで
「Bした、ひどい」
という文を読み、自分はこんなことしていないと思うのかも知れません。
 
 材料その3。私に似て人の気持ちを読む能力に欠ける伯母が、息子の嫁に慕われていると思いこんでよく遊びに行って、親戚から嫁かわいそうと言われています。私も嫁がかわいそうだと思います。しかし自分を伯母の立場に置いて一生懸命想像すると、目の前にいるかわいい嫁が
「お姑さん楽しい人ですねー」
とニコニコしたら信じてしまいそうです。一般的に、嫁は姑が嫌いなのだという知識があってもです。
 同じ場を共有していても、姑は「嫁とうまくいっている」、嫁は「姑がうるさくて精神的に参っている」となっていることは普通にありがちです。姑は
「こんなひどい姑がいる」
という文を読み、自分はこんなことしていないと思うのかも知れません。
 
 本当は、1つの場面に複数の周辺事情を統合して判断する能力が低いために空気読めない言動をしているものの、
「こういう場面でこうした」
と説明されると周辺事情が見えるから
「自分はそんな場面でこんなことしない」(そんな場面だと思っていないからこんなことをする)
と思いこんでいるのがほとんどだと思いますが。
 
 
 9月11日の記事。ワインのテイスティングを誰かがやっているのを見て、かっこいい、自分もやってみようと、友達の前でやってみたらすごい笑われて、他の人の前で物真似された。同じことやっても自分だけ馬鹿にされるのはよくあることだが、家族に見せたら
「お前グラスでなく顔を回しているぞ」
と言われた。(テイスティングでは香りを確認するためにグラスを回す)記事の話がこういうことだという意味ではないけど、思い出した。