昨日書いた「赤い爪あと 」つながりで思い出した吸血鬼ものの少女漫画をもうひとつ紹介します。
 
 ばらの封印  小室しげ子著
 
 「赤い爪あと」の数年後の作品で、作者は違いますが、おそらく「赤い爪あと」の影響を受けています。典型的な少女漫画絵の美少女ヒロインと、吸血鬼に変身した時のグロい風貌(やはり口裂け女風)のギャップがそれを想像させます。
 「赤い爪あと」以上にマイナーで、同じくレビューを見かけないという理由で書いてみます。
 
 ヒロインは双子姉妹で、一方が吸血鬼になります。どちらかが痛みを感じるともう一方にも伝わる、という意味ありげな設定でしたが、連載第1回目の終わりで1人が吸血鬼におそわれた時、別な場所にいたもう1人が首筋にチクッと痛みを感じて
(どうしたのかしら)
と心配する場面にしか使われていません。
 
 最終回、吸血鬼にならなかった方がなった方に杭を打って殺してしまうのですが(こう書くと残酷だけど、いろいろあって犠牲者がたくさん出てどうしようもなくて)、痛がる吸血鬼を前に全然痛がっていません。設定を作者自身が忘れてしまったかのようです。
 あるいは、人格が吸血鬼のものに変わってしまったため、双子のテレパシーが使えなくなったのでしょうか。
 
 杭を打たれた後、吸血鬼人格が消滅し、元の美少女に戻って
「ありがとう」
と微笑みながら死んでいく姿がとてもきれいでした。
 
 存在するだけで大勢の他者の人権を侵してしまうのであれば、社会を維持するために抹殺するしかないのです。私だって、善良な市民(多分)の1人として、理不尽に殺されたくありません。最近の、死刑制度についてのいくつかの議論が頭をよぎりました。
 そういうことを考える時、社会には受け入れ可能、不可能という基準があること、その基準によっては私自身が抹殺される側になることに震え上がるのです。
 
参考リンク: 夜叫ぶ   ブラックジャックによろしく
 
 
 8月15日の記事。立ち読みした空想科学ナントカ本によると、「うる星やつら」のラムちゃんは日本では法的に「人間」ではなく「器物」とされる可能性が高いとのことですが、人間が吸血鬼になった場合は法的に「人間」なんではないかという気がします。
 ところで今日の阪神-広島戦はデーゲームなのにまだやっており、11回まで同点延長、12回表にやっと阪神が勝ち越しました。昨日とうとう巨人と3.5ゲーム差になったし、今日くらい勝っておかないと大変です。