わからないことは「わかりません」、できないことは「できません」 と言うのは、知的障害者が仕事をしていく中では重要なことだそうですが、通常の社会だと怒られます。(リンク先のブログに登場する知的障害者の言動が微妙に私に近くて恥ずかしい)
 前に当ブログで説教していた人も
「説明して即座にできません、と言われると青筋立てる」
と書いていたし、できないにしてもストレートに表現するのでなく、相手の気持ちに配慮し、言いまわしを心がけつつ上手に説明できないと回りません。できないことよりも、その辺のコミュニケーションが問題です。
 
 説明されただけではできるかどうかわからなくて、やってみないとわからないということはありますが、やってみてできなかったりすると
「できるって言ったよね」
と怖い顔で迫られます。
「できるかどうかやってみないとわかりません」
「言われた言葉の意味は理解できましたが実際にその場になったらわかりません」
も怒られるし
「できるかどうかわからないけどやってみます」
だと
「どこがわからないのか言え」
となってしまいます。
 
 定型発達者であってもやってみないとわからないということはままあるはずですが、そのまま言うと支障があるので、どの程度期待されているのか(これくらいできて当然だと思われているのか、多分できないんではないかと思われているのか)などを読み取って、仕事内容に応じた回答を組み立てていらっしゃると思われます。
 特に営業事務や複雑な電話受信のようにお客さまの働きかけに対してその場その場で素早い対応を要求される仕事で、1個1個はわかっていても、パズルのピースのように知識が脳内でばらけていると、どれを選んでいいかわからず、トンチンカンなことを返してしまいます。
 
 パズルのピースがカチッとはまっていれば大丈夫、だと思うのですが、そのため関係ない質問をしまくってやっぱり怒られます。しかし教える側は迷惑ですね。
 今の仕事が終了して新しい仕事を始めた時は大丈夫なのか、これも
「やってみないとわからない」
のです。
 
 
 5月18日の記事。優しくするとか、怒らせないように立ち回るというのは意外と知能がいる。これまで社会の中で私を育ててきた人たちが、どれほど忍耐強く接してくれたか、想像するのも恐ろしい。