また密かに始めた投票(Yahoo!ブログ、終了)でどれを選んでよいかわからない方は、下記の質問に従って投票先を選んで下さい。
Q 同じ結果であれば、時間を費やした人(だらだらやった訳ではない)と早くできた人とどちらが努力していると思いますか。
「時間を費やした人」 → 時間
「早くできた人」 → 結果
「時間をかけたかどうかではなくてどういうやり方を取ったかが問題だ」 → 山ごもり
「一生懸命やったかどうかが問題だ」 → やる気
「努力って、それ食えるの」 → 罵倒
投票の選択肢を最初からこれにしていればよかったのではというツッコミはいけません。私は時間か結果だと思っていたのですが、説教していた人はやる気か山ごもり(手段?)だったようです。山ごもりだとしたら
「あなたは山ごもりというけれど、どんな山ごもりをしたかあまり書いていませんね。本当に山ごもりしている人に失礼ですよ」(説教テンプレ )
ということになって、文章の意味が通ります。確かに山ごもりをしたことは書いていませんでした。
山ごもりというのは漫画だと簡単そうですが、場所の選定、交通手段、泊まる場所の確保、野宿なら自分でテント組み立てられるのか、クマが出ないか、その前に休みが取れるのかなど、実現までかなりハードル多いです。それだけ努力が必要ということなのでしょう。
前記事「いつか何かになる日まで 」は若者の夢を壊すような内容なので若干フォローすると、そんなにムリして夢追い人になる必要はないのです。(どこがフォローだ)
「人生は1度だけ、やりたいことはやった方が悔いを残さない」「やってみないとわからないよ」
と世界が煽りすぎです。そう書いてあった本の著者も、そういうことを言う友達も、リスクを背負うのは自分ではないからそんなことが言えるのです。
もしかしたらそんなことに煽られて右往左往したり、失敗したことをいつまでも抱えていたりするのは私だけで、他の人はそういうのはフィクションだと知った上で冷静に選択し、失敗したとしても、メンタル面を含め、自分のフォローができているものなのかも知れません。
私は予定変更に弱いのです。夢も希望も一種の予定なので、その通りにならなかったらビックリするし、原因を追究しようとするし、またこんなことになるのではないかと何年も恐怖を引きずります。
「希望通りにならないかも知れない」
とあらかじめ考えておくのは、一般社会では禁じられて います。
自分にそういう性質があると知っているだけでかなり防げるのですが、その時はその度に大変なことになっていました。
夢や希望がかなわなかったからといって、また挑戦する勇気がなかったからといって、自分や自分以外の原因を責め続ける必要はありません。ただそれを責めたり煽ったりする人はいるので、大事なことは人に言わない のです。
5月14日の記事。自分のこと話すから干渉される。ブログでも、自分のこと書くから説教される。自分がどんなに立派な人間かだけを書くブログは嫌味だ。とかくこの世は生きづらい。
Q 同じ結果であれば、時間を費やした人(だらだらやった訳ではない)と早くできた人とどちらが努力していると思いますか。
「時間を費やした人」 → 時間
「早くできた人」 → 結果
「時間をかけたかどうかではなくてどういうやり方を取ったかが問題だ」 → 山ごもり
「一生懸命やったかどうかが問題だ」 → やる気
「努力って、それ食えるの」 → 罵倒
投票の選択肢を最初からこれにしていればよかったのではというツッコミはいけません。私は時間か結果だと思っていたのですが、説教していた人はやる気か山ごもり(手段?)だったようです。山ごもりだとしたら
「あなたは山ごもりというけれど、どんな山ごもりをしたかあまり書いていませんね。本当に山ごもりしている人に失礼ですよ」(説教テンプレ )
ということになって、文章の意味が通ります。確かに山ごもりをしたことは書いていませんでした。
山ごもりというのは漫画だと簡単そうですが、場所の選定、交通手段、泊まる場所の確保、野宿なら自分でテント組み立てられるのか、クマが出ないか、その前に休みが取れるのかなど、実現までかなりハードル多いです。それだけ努力が必要ということなのでしょう。
前記事「いつか何かになる日まで 」は若者の夢を壊すような内容なので若干フォローすると、そんなにムリして夢追い人になる必要はないのです。(どこがフォローだ)
「人生は1度だけ、やりたいことはやった方が悔いを残さない」「やってみないとわからないよ」
と世界が煽りすぎです。そう書いてあった本の著者も、そういうことを言う友達も、リスクを背負うのは自分ではないからそんなことが言えるのです。
もしかしたらそんなことに煽られて右往左往したり、失敗したことをいつまでも抱えていたりするのは私だけで、他の人はそういうのはフィクションだと知った上で冷静に選択し、失敗したとしても、メンタル面を含め、自分のフォローができているものなのかも知れません。
私は予定変更に弱いのです。夢も希望も一種の予定なので、その通りにならなかったらビックリするし、原因を追究しようとするし、またこんなことになるのではないかと何年も恐怖を引きずります。
「希望通りにならないかも知れない」
とあらかじめ考えておくのは、一般社会では禁じられて います。
自分にそういう性質があると知っているだけでかなり防げるのですが、その時はその度に大変なことになっていました。
夢や希望がかなわなかったからといって、また挑戦する勇気がなかったからといって、自分や自分以外の原因を責め続ける必要はありません。ただそれを責めたり煽ったりする人はいるので、大事なことは人に言わない のです。
5月14日の記事。自分のこと話すから干渉される。ブログでも、自分のこと書くから説教される。自分がどんなに立派な人間かだけを書くブログは嫌味だ。とかくこの世は生きづらい。