善意の助言問題が、またはてブ界で一瞬流行ってすぐ消えたようですが、周期的に現れては消える割にちっとも解決しません。新たにネット界に登場する悪気ない人が日々いるので仕方ないのですが。
「その人が明らかに間違っているなら正すべき」
という信念は尊重されなければならないかも知れませんが、それを肯定してしまえばこのブログの大前提が崩れてしまいます。私に説教していた人々も
「間違った人間(私)を正しい方向に導かねば」
という信念(というか執念)をお持ちだったからです。
 どんなに間抜けで見当外れでも、あの人たちにとっては正しかったのです。どういう資格があれば、他人を正しい方向に導く人であるという大義名分が与えられるのでしょう。
 
 ネットは現実よりも他人への助言に対する垣根が低いです。会ったばかりの人に助言するなど、教師や医師などそれなりの立場の人でない限りかなり変な人ですが、ネットだと気軽なものです。
 リアルよりも相手の状況がつかみにくいのだから、つかめたように思えても錯覚かも知れないのだから、もっと慎重にならないといけないはずです。
 
 人によって言葉の使い方が違うのですから、よく知らない人が
「もっと強くなりなさい」
みたいな助言をすべきではないのです。
「そうか、強くならないといけないんだ」
と誰かに怪我でも負わせたらどうするんでしょう。良識ある人の言う
「強くなれ」
は単に
「我慢しろ」
の意味であることを、いい年こいた私でも半年前に知ったばかり です。
 
 ネットでも殺人予告すると逮捕されるようになったし、自殺予告した人を、閲覧者の通報で止めることができたという話も聞きました。
 その書きこみが嘘である可能性の高い段階で、関係各所に通報して自殺を食い止めようとリアルに動ける人がどれだけいるでしょう。私ならどうしていいかわからず見なかったふりをします。下手すると通報した自分が何かの罪に問われるかも知れないではありませんか。
 善意の助言を書きこむだけで感謝されて自己顕示欲が満たされて他の人にも称賛されてウマーなんて、そんな都合のいい世界はありませんよな話です。そうい う人が今日もネット上に誕生し、うざいアドバイスを人のブログのコメント欄に書きこんでいるかと思うと、見つかりませんようにと祈るばかりです。
 
 
 12月10日の記事。この記事には続編があるため、そのキーとなるコメントを写しておきます。
 
会ったばかりの人に(説教はともかく)助言する人は、相手に親近感を持っているのかなぁと私は思っています。なにかしら相手と自分との間に共通点を見出しているのとか。

誰だって、初見の、まして属性も背景もわからない人から助言されたくはないと思うのだが。長くROMしていた相手だったりするとそこを忘れて言及してしまったりするのかもしれませんね。先方にとっては「初見」で「こちらの属性も背景もわからない」ということが。(わたりとりさん)
 
こういう話題を見かけるとつい反応し(ネタにし)てしまいます。ご存じのように、私には説教も助言も大した違いはありません。トンコさんとこでやった占いの
「プライベートなことでも気さくに問い掛けてくるタイプが苦手」
という結果が身に染みます。
>親近感を持っているのかなぁ
親密度の距離感的には興味深くはあります。私の受け取り方だと
助言→否定された、あるいはそんなことも知らないと馬鹿にされた→敵認定
なんですが。
いきなり説教調の人はまずいなくて、善意の助言からスタートするのですが、闇微笑さんのようなこともあるので、芽は小さいうちに摘み取るのです。(chargeup)