ASママブログを垣間見ますと、言語コミュニケーション不全の様子は小学校低学年からうかがえます。
「なぜそんな風に受け取るんだろう」「言っても聞かない」
お子さんなので本当にわがままかも知れませんが、私は大人になっても言われました。私の方こそ、なぜそんな風に受け取られるのか、私の言ったことは聞いてもらえないのかわからなかったのです。
「なぜそんな風に受け取るんだろう」「言っても聞かない」
お子さんなので本当にわがままかも知れませんが、私は大人になっても言われました。私の方こそ、なぜそんな風に受け取られるのか、私の言ったことは聞いてもらえないのかわからなかったのです。
私の言語ルールを理解できて通訳もできる人は、現実にも何人かに1人はいます。全く理解不能のままの人もいます。それは仕方ありません。仕事上どうしても接しなければならない時を除けば、近寄らない、近寄って来たら逃げる、追い出すに限ります。この、
「言語能力は正常だが使い方や受け取り方がおかしい」
という話は、アスペルガー症候群を解説したページでよく見られます。解説ページによくある例えはどうかと思いますが。
「犬があなたの宿題を食べたの」
なんて聞く日本の教師はいないでしょう。その国の慣用句であれば、知識さえあればわかります。
「言語能力は正常だが使い方や受け取り方がおかしい」
という話は、アスペルガー症候群を解説したページでよく見られます。解説ページによくある例えはどうかと思いますが。
「犬があなたの宿題を食べたの」
なんて聞く日本の教師はいないでしょう。その国の慣用句であれば、知識さえあればわかります。
私は発達障害のある「子供」に実際には会ったことがありません。わかるのは幼少期の自分だけです。
「子供は大人を選んでいる。怖い先生の言うことは聞くのに自分の言うことは聞かない」
みたいな表現を見る時、そうか、人を選べばいいんだ、と思い出します。
大人になってからも、複数の上司に別な指導をされてよく訳わからなくなります。大人もその場その場で適当なことを言うこともあります。どの先生の言うことを聞くべきか選べるのは大したものです。
「子供は大人を選んでいる。怖い先生の言うことは聞くのに自分の言うことは聞かない」
みたいな表現を見る時、そうか、人を選べばいいんだ、と思い出します。
大人になってからも、複数の上司に別な指導をされてよく訳わからなくなります。大人もその場その場で適当なことを言うこともあります。どの先生の言うことを聞くべきか選べるのは大したものです。
子供の道徳では、大人の言うことは全て等しく聞かなければなりませんが、大人の道徳ではいろいろな人が矛盾する指導をたたみかけてきた時、上手にセレクトして捨てるべきは捨てる能力が必要です。それがないと、セクハラや悪徳商法、詐欺に企業犯罪の餌食となります。何でも目上の人の言うことは聞かなければならない、という価値観を持ったまま、大人になってはいけません。
これだと子供の道徳はよくないと言っているみたいですが、子供の道徳あってこその大人の道徳です。子供のうちは様々な価値観に触れるのも大事な経験なので、多少のゴチャゴチャには耐えなければなりません。大人になったから言えるのですが。
それとも、子供とは密かに、大人の道徳を一部知っているのでしょうか。だから
「人を選ぶ」
ことができたり、複数の価値観に触れてもゴチャゴチャせずに済んでいるのでしょうか。
それとも、子供とは密かに、大人の道徳を一部知っているのでしょうか。だから
「人を選ぶ」
ことができたり、複数の価値観に触れてもゴチャゴチャせずに済んでいるのでしょうか。
なお、上記は、まだ語彙力に乏しく心身未分化で、心の動きと身体反応の関係を言語で理解することができていなかった時代の記憶なので、多少書き換えられている可能性があります。
7月31日の記事。アメーバニュース、前ははてブの後追いだったけど、このところ痛いニュースの後追いになっている、ようです。