私は優しさや善意をうざがっているような書き方をしますが、全てうざい訳ではありません。相手が優しさや善意のつもりでもこちらがそう受け取っていない時だけうざいです。そうすると今度は
「これは善意ではありません」
という但し書きがついたりします。善意ではないということは悪意なのでしょうか。なおさら嫌です。
「これは悪意ではありません」=「実は悪意です」
という法則に従えば
「これは善意ではありません」=「実は善意です」
ということになりますが、私が善意を悪い意味で使うため、悪意に置き換えた方がよいのかも知れません。何とでも受け取れる意味なのでコメントなら削除です。文字通りに受け取れば悪意だと推測できるからです。
常連様がこういう言葉を使うことはまずありませんが、私との対話に慣れた人であれば、意味がわからなければ聞きます。私のコードに合わせて説明してくれるであろうという期待が持てるからです。
「これは善意ではありません」
という但し書きがついたりします。善意ではないということは悪意なのでしょうか。なおさら嫌です。
「これは悪意ではありません」=「実は悪意です」
という法則に従えば
「これは善意ではありません」=「実は善意です」
ということになりますが、私が善意を悪い意味で使うため、悪意に置き換えた方がよいのかも知れません。何とでも受け取れる意味なのでコメントなら削除です。文字通りに受け取れば悪意だと推測できるからです。
常連様がこういう言葉を使うことはまずありませんが、私との対話に慣れた人であれば、意味がわからなければ聞きます。私のコードに合わせて説明してくれるであろうという期待が持てるからです。
このブログ上でとってもうざい親切な人に苦労した時
「でもいろいろ教えてくれてありがとう」
の一言があれば回避できた場面もあったかも知れません。でもできませんでした。うざかったから。下手にお礼言うとまた別ネタで粘着されるだろうから。
「もう来ないで欲しい」
とはさすがに思っていても言えませんでしたが、あの時の恐怖が強烈なのでその後は来ないで欲しい時はそう伝えることにしました。それは少なからず傷つけるし、先日の内緒罵倒コメントのようにもなります。
「でもいろいろ教えてくれてありがとう」
の一言があれば回避できた場面もあったかも知れません。でもできませんでした。うざかったから。下手にお礼言うとまた別ネタで粘着されるだろうから。
「もう来ないで欲しい」
とはさすがに思っていても言えませんでしたが、あの時の恐怖が強烈なのでその後は来ないで欲しい時はそう伝えることにしました。それは少なからず傷つけるし、先日の内緒罵倒コメントのようにもなります。
コメント欄のことだけなら、IP拒否機能がYahooにあればよいのです。話し合うよりも黙ってIP拒否の方がお互い傷が浅いのです。
「○○というコメントはしないで下さい」「それはそういう意味ではありません」
やめて欲しいという言葉がなぜか言葉の定義合戦にすり替わります。意味はどうでもいいから単純にやめて欲しいだけなんですが。あなたの国で「バーカ」がほめ言葉だったとしても、私の国ではそうではないので使わないで欲しいです。
「○○というコメントはしないで下さい」「それはそういう意味ではありません」
やめて欲しいという言葉がなぜか言葉の定義合戦にすり替わります。意味はどうでもいいから単純にやめて欲しいだけなんですが。あなたの国で「バーカ」がほめ言葉だったとしても、私の国ではそうではないので使わないで欲しいです。
今後ネット上でトラブルがあって、私が1人で抗議しなければならないとしたら、うまく交渉できるか不安です。誰も見ていない場所で言葉の定義合戦に持ちこまれたら暴れそうです。
そうなったらブログの更新を休んで体調を整え、全精力をもってのぞまないといけないでしょう。あとは記事で抗議してトラックバックするか。その方が楽なんですが、さらしになるからいけないのでしょうね、やっぱり。
そうなったらブログの更新を休んで体調を整え、全精力をもってのぞまないといけないでしょう。あとは記事で抗議してトラックバックするか。その方が楽なんですが、さらしになるからいけないのでしょうね、やっぱり。
7月19日の記事。議論や交渉ではすぐ言葉の定義合戦に持ちこまれて混乱します。
「今は○○のことを言っているのではありません」
とこっちの持ちこんだ材料は全て否定され、相手の持ちこんだ材料だけを使わなければならず、それも都合悪くなると
「もう△△の話はやめましょう」
と引っこめられてしまいます。