メールアドレス変更の話題
がまだ続くのですが、私はPDA時代に大量のメールマガジンを購読
していました。大半は発行されなくなっていましたが、まだ続いているものもあります。
今、旧アドレスに溜まっていた2年分のメルマガを意地になって読んでいます。なぜ2年分かというともちろんブログを始めたからです。そのうち読もうとずっと放置していました。
今、旧アドレスに溜まっていた2年分のメルマガを意地になって読んでいます。なぜ2年分かというともちろんブログを始めたからです。そのうち読もうとずっと放置していました。
その中で、メルマガとブログについて書いた文章がありました。メルマガをメインとする人から見たブログに対する視点はブログ上ではなかなか見かけないので印象的でした。この方の
メルマガです。現在はブログもやっていらっしゃいます。
(閉鎖するブログを見て)親密度の距離感の違う人たちから、どやどやと土足で入られてしまい、それを拒絶すると逆恨みされるという感じ。
これはまさに、と焼きつきます。異文化交流議論初期のコミュニケーション体系図
からも、他者と交流するスタイルは個々が自分のキャラクターや経験から構築した独自のスタイルを持っていることが伺えます。
現実世界の友人とは、関係を維持しようとするのは私の方です。私が是非ずっと友人でいたいほど魅力的な人でないからでしょう。だから、私が
「この人とはつき合いたくないな」
と思えば簡単に距離を置くことができました。(コミュニティは除く)私が嫌なのになお粘着されるという経験はブログ上独自のものです。
現実世界の友人とは、関係を維持しようとするのは私の方です。私が是非ずっと友人でいたいほど魅力的な人でないからでしょう。だから、私が
「この人とはつき合いたくないな」
と思えば簡単に距離を置くことができました。(コミュニティは除く)私が嫌なのになお粘着されるという経験はブログ上独自のものです。
ネット以外の世界では、最初から親しげに話しかけてくる人の方が友達多くて人間関係うまくいっていそうですが、ブログだと裏目に出そうです。
なぜなら、初めて誰かと出会う場所というのは学校なり職場なりサークル、場合によっては電車の中とかスーパーマーケットということもあるかも知れませんが、どちらにとってもパブリックな場所であるのが普通だからです。
なぜなら、初めて誰かと出会う場所というのは学校なり職場なりサークル、場合によっては電車の中とかスーパーマーケットということもあるかも知れませんが、どちらにとってもパブリックな場所であるのが普通だからです。
ブログがパブリックでないとは言いませんが、自分のスペースか相手のスペースかで、同じ相手でも位置関係が違ってきます。上司と部下、教師と生徒のような上下関係のある間柄でも、相手の家に行けばそれなりに相手を立てるものです。
掲示板や第3者のブログで知り合う(私はこのパターンが多い)のでなければ、自分のスペースに相手が入ってくるか、相手のスペースに自分がお邪魔するかどちらかです。
この意識の有無、距離の取り方に大きな差があれば最初から致命的です。相手がどっちかわからない場合は最初から親しげにするよりは距離を取りつつ慎重に近づいた方が問題が発生しません。
掲示板や第3者のブログで知り合う(私はこのパターンが多い)のでなければ、自分のスペースに相手が入ってくるか、相手のスペースに自分がお邪魔するかどちらかです。
この意識の有無、距離の取り方に大きな差があれば最初から致命的です。相手がどっちかわからない場合は最初から親しげにするよりは距離を取りつつ慎重に近づいた方が問題が発生しません。
こうして書いてみると、第3者のブログで知り合うというのは合理的です。読者→交流者ではなく交流者→読者というのはSNSへ行けな発想でありましょうか。ブログ文化論的にもコミュニティ、ネットワーク論的にも興味深いです。
7月10日の記事。発達障害に興味があった訳でもなく関係者でもない人を何人も引っ張りこんでしまいました。その人たちのコメントが私の浅い記事に深みを与えてくれます。直接対話していなくても、他でよく見かける人だと安心感あります。