ちょっちぷんさんに紹介してもらったアドラー心理学入門 読んでいますが、私の頭脳が明晰でないのに加え、入門というだけあって本当に入門部分だけだからか、なかなか
「こういうものでしたよ」
と紹介するのが難しいです。特に用語が。こういう時は、書いているうちにわかることもあるので書いてみます。
 
 パーソナリティの類型方法として、
「共同体感覚の高低」「活動性の高低」
というのが出てきますが、
「共同体感覚が低く、活動性が高い人」
が支配的な人なんだそうです。まさか私ですか。説教族もですけど。またかい。一緒にされるのが嫌なので、ここは共同体感覚を高くしなければなりません。
 
 共同体感覚というのが、特に難解な用語でないにも関わらず、何だかよくわかりません。所属意識や社会性とも少し違うようです。共同体感覚でググって一番上にあったサイト にも
「はっきり言って分からないのです」
と書いてあるので、私だけがわからない訳ではなさそうです。
「頭で理解するようなたぐいのものではない」
えええ、まさか身体で理解しろと。体育界系っぽくて苦手です。
「みんなが幸福になるように、みんなと協力していきたいと思う感覚」
これはあるつもりなんですけど、何か実践できていることがある訳ではありません。
 
 共同体感覚と関係が深そうなのが「人生の3つの課題」です。

1 社会との関係   2 職業   3 愛と結婚

 このうち社会との関係。
 他者と生活していて、自分の自由時間を共同体のことに割いている人と、自分のためにだけ生活している人。
 ギク、私は後者です。最小の共同体は家族ですが、私は家族と一緒に暮らすことで、自分の自由時間が制約を受けるのに我慢ならなかったのです。
 だから、小さい頃から1人暮らしに憧れ、実現しました。自分の生活のために働き、家事をし、趣味を楽しむ、快適快適。

 がーん、やっぱり共同体感覚欠けていそうです。家に帰ったら1人でいたい、というのはライフスタイルとしてアリですよね。駄目ですか。ここで引っかかるのは
「自由時間」
という表現です。つまり何らかの義務とか仕事としてであればできるんですけど、自由時間は1人でいたいということです。
 そうだ、活動性が低ければいいのです。(いいのですというのは、説教族と同類にならないという意味で)そういうことにしておきましょう。活動性というのも、どの程度活動すれば高いのやら。
 
 
 6月6日の記事。はてブの方では家に帰ると奥さんがしゃべるのが嫌だというご主人のことが話題だそうですが、そういう諸々を聞くと、家庭を持っている人は大変そうに見えて、家にいる時くらい誰にも嫌がられることなくゆっくりしたいと思います。