道徳が「徳育」という名称で教科になるという話題(アメーバニュース )。今まで教科でなかったとは知りませんでしたが、教科になると成績評価を伴う点に、拒否反応多いです。
 評価、大いに結構ではありませんか。
「道徳に正解はない」
そんなことありません。複数かも知れませんが正解は確実にあります。評価があるなら、ぼやかさずに正解を示して欲しいものです。
 
 こういうことを直接教えず雰囲気で学ばせようとするからいかんのです。モラルやマナーは国が違えば通用しないところを見ると、人間が生まれながらに持っているものではありません。学ぶものです。
「あなたがしてもらいたいと思うことを相手にもしてあげましょう」
「して欲しくないことを他の人にしないようにしましょう」
これは自分の考えでいいように見えますが、実は期待されている正解があって、正解通りにしないと怒られるだけでなく人格を否定されて混乱の元です。それだったら最初から
「こうしてね」「こうしないでね」
と正解を教えてくれれば問題ありません。
 個性が損なわれるということもありません。マナーやモラルは個性ではありません。犯罪者を個性的とは言わないでしょう。正解をうやむやにしておいて、身についていない人間を非常識と攻撃するよりは、正解を教育するべきです。そんなことで個性はなくなりません。
 
 問題は、大人の道徳と子供の道徳は必ずしも一致しないことです。子供のうちは
「人の嫌がることをしないようにしましょう」
がモラルですが、大人になると人の嫌がることをいっぱいしないといけません。未払い金の督促電話をかけるとか、ポイントカードを無理やり作らせるとか。
 その場合、どっちを教えればよいかというと、子供のモラルを正解とした上で、
「大人には大人の事情がある、正義のヒーローも好きで悪と戦っている訳ではない。だから君たちは悪と戦ってはいけない、しかし大人になって、自分よりもずっとずっと大切な人ができて、どうしてもその人を守らなければならないことになったら、自分と引き換えにする覚悟で戦いなさい」
と締めておけばよいでしょう。(駄目?)
 
 最初から大人の道徳(変な意味ではない)を教えておければいいのですが、大人と子供の道徳が違うということは、きっと発達段階に応じた道徳というものがあるのでしょう。
 小学生の私が親に、答えるのに困る質問(どんな?)をしたら
「それはお前が大人になったら自然にわかる」
と言われたので、大人になってもわからなかったらもう1回聞こうとずっと覚えていました。自然にではありませんが、わかりました。
 
 
 4月12日の記事。道徳でははっきり答を教えてはいけないことになっているそうですが、はっきり正解を教えてそれが大人になると使えないことに気づかれると責任問題に発展するからに違いありません。