あるカテゴリーに属した人のパーソナリティをそのカテゴリー全体に拡大して考える
ことは、サンプルの抽出や検証の仕方によっては有用なこともありますが、自分に都合のいい結論を導き出す手段にもなり得ます。
私もそういう書き方をすることはありますが、「個人的見解」を書く時には、自分の意見を補完する材料は使うけど都合の悪い材料は使わないものですし、読み手としてはその部分を検証する楽しみもあります。
私もそういう書き方をすることはありますが、「個人的見解」を書く時には、自分の意見を補完する材料は使うけど都合の悪い材料は使わないものですし、読み手としてはその部分を検証する楽しみもあります。
当ブログでアスペルガー症候群を知った人でも、アスペルガー症候群の人はみんな私と同じだと思う人はいないでしょう。いてもいいのですが、
「言ってくれないとわからない」
と逆ギレしないで下さい。
「言ってくれないとわからない」
と逆ギレしないで下さい。
Yahoo知恵袋で拾った、聴覚障害のある人の職場でのコミュニケーションの悩み
。この会社では、昼食は一緒に取る習慣らしいですが、私もこれは嫌です。この人は
「聴覚障害者だからコミュニケーションが取りづらいと思われたら嫌だな」
という責任感をお持ちのようです。同僚に他に聴覚障害者の知り合いがいなければ、この人を通して
「聴覚障害者はこうなんだ」
と学ぶ訳で、できればよい印象を持ってもらいたい、後に続く人が困らないように、と考えてしまうと、これはきついですね。聴覚障害者にもいろいろなタイプがいるでしょうから。
「聴覚障害者だからコミュニケーションが取りづらいと思われたら嫌だな」
という責任感をお持ちのようです。同僚に他に聴覚障害者の知り合いがいなければ、この人を通して
「聴覚障害者はこうなんだ」
と学ぶ訳で、できればよい印象を持ってもらいたい、後に続く人が困らないように、と考えてしまうと、これはきついですね。聴覚障害者にもいろいろなタイプがいるでしょうから。
聴覚障害者で一般企業に就職している人は私の知る範囲でもいます。接客と電話応対以外なら、仕事や通勤のハンディは少ないし、企業側としては受け入れやすいのでしょう。そういえばプロ野球選手にもいました。
聴覚障害者の就労支援をしている方のブログで、いわゆる健聴者の社会で育っていないため、職場で非常識な振る舞いをし、注意しても聞かない(そりゃそうだ)人もいるという話を読みました。
聴覚障害者の就労支援をしている方のブログで、いわゆる健聴者の社会で育っていないため、職場で非常識な振る舞いをし、注意しても聞かない(そりゃそうだ)人もいるという話を読みました。
その一例をもって聴覚障害者はわがまま、と思われたらお気の毒です。障害者はみんな前向きで一生懸命で謙虚で健気で心優しい努力家で、健常者はそれを助けて感謝される、とドラマみたいなことを考えている人が怒り狂う姿が目に見えるようです。
それでも私たちはたまたま出会った個によって、その所属集団を知っていきます。多くの個に出会うことで、自分自身の「マジョリティの傲慢」を知るのです。
4月6日の記事。説教していた人もそうだったけど、障害者をドラマのイメージで考えている人は多いです。福祉の仕事を、人の役に立って感謝される仕事だと思っていたら、障害者やお年寄りに罵倒されてショックを受けたり。異質なものを受け入れるのは容易なことではありません。私もそうです。上のような例だといつも障害者が譲歩を迫られるけど、どちらかが譲歩するのであれば、能力の高い側が譲歩するべきでしょう。