前の記事にノルウェイの森ネタを出しましたが、それを書くにあたってこの小説をパラッと再読しました。何年も手に取っていませんでしたが、当時も話題になった赤と緑の鮮やかな表紙と金色の帯のツヤは昔のままでした。20年近く前のベストセラーです。私もベストセラーだから読んでみましたのクチです。
 

 物語の舞台のひとつとして、心を病んだ人の療養所が登場します。患者も医師もスタッフも見舞い客も共通の決まり事として
 
第一に相手を助けたいと思うこと。そして自分も誰かに助けてもらわなくてはならないのだと思うこと。第二に正直になること。嘘をついたり物事をとり繕ったり、都合の悪いことを誤魔化したりしないこと。
 
があります。読んだ当時は全く響かなかったけど、人と人が互いに差別なく生きていくために大変大事な、そして難しい決まり事です。
「誰かに助けてもらわなくてはならない」
などと頭の片隅をよぎっただけで
「甘えだ」
と説教が飛んできそうです。そんなことが許されるのでしょうか。誰も怒らないでしょうか。
 
 この決まりは、1人でも破る人間がいたら崩壊します。この秩序が守られて形成される社会に、アスピー・エデン を連想しました。
 その世界の中であれば、普通に人生が送れる、労働もできるし他人の役にも立つ、自分ができないことは助けてもらうこともできる、しかし、秩序の外にいる人間から攻撃されたら崩れてしまう、幻のような世界です。
 その中にいればうまくやっていけるけど、外に出てうまくやる自信はない、と住人が語るのも無理はありません。外に出ればどんな怪物がかっ歩しているかわかりません。
「人に助けてもらおうなど甘えだ、ひきょうだ」
光線を爆撃する怪物に囲まれたらと想像するだけで身の毛もよだちます。
 
 楽園の外に出るということは、他人を攻撃しないと生きていけない、あのかわいそう でお下品な人たちを受け入れてあげることでもあります。秩序に反する人を追放することで成立する楽園が住みよいのか、誰もが共存できる世界などあり得ないのか、共通の秩序の人々同士で住み分けてお互いに干渉しないということはできないのか、現代日本においても、選択の余地がない訳ではありません。
 異文化交流最大の難関、説教族との対峙、それはまとめに向かっております。(本当か?)私は寛容ではないし優しくもないし、彼らと共存できるなどとは全く思っておりません。自分の中の恐怖に、対峙するのみです。
 
 
 3月20日の記事。人に甘えだと説教する人に限って自分の時には平気で人に助けてもらうという話は本当ですね。自分が助けてもらっているという認識がないんだな。説教族を説教する人っていないのでしょうか。私も怖くて説教できないのですが。