人生で最初に出会った、「自分で演奏するための楽器」はハーモニカでした。幼稚園の時です。ということは、ハーモニカは簡単な楽器と認識されているのでしょうか。
 ドを鳴らす、レを鳴らす、まではいいのですが、ドラレファソ(適当なメロディ)のようにフレーズになりません。口をつけたまま、ドの位置からラの位置に動かすということがなぜみんなできるんでしょう。見ないとラの位置がわからんではありませんか。いったん口を離し、ラの位置を見つけてそこにまた口をつける、というならできますが、それでは音楽になりません。
 
 ハーモニカのドとレの位置のズレは数ミリにもなりません。ちょっと位置がずれると違う音になってしまいます。さらに、「吹く」と「吸う」の2つの動作を使い分けなければなりません。「吹く」「吸う」と認識しているうちにすぐ時間が経って、フレーズを構成できずただのバラバラの音になってしまいます。楽器を演奏するという行為には、考える間もなく身体が動くという脊髄反射的なスピードが要求されます。(参考:「なぜ書けるのか 」コメント欄)
 両親は家で随分練習させてくれましたが、とうとう1フレーズたりとも吹けるようになりませんでした。幼稚園の他の子は普通に吹いていましたのに。
 
 小学校の途中で縦笛が登場しました。ハーモニカと違って吹くだけですし、指で穴を塞いだり開けたりすることで音をコントロールする様子を見ることはできましたが、指使いを見ていると楽譜を見ることができません。カタカナでドレミを振ってある楽譜ですが。
 ドは全部の指、レは1個開ける、上のドは上から2番目を開ける(間違っているかも知れませんが、例えなので指摘しないで下さい)という風に覚えているため
「ミは・・・」「ファは・・・」
と考えている間に時間がどんどん経って、やっぱりフレーズになりません。
 
 1フレーズも吹けないのがクラスで私だけになった時、先生は私の近所に住むクラスメートに命じて、夕方私の家に行かせて縦笛特訓、となりました。1週間後の音楽の時間にみんなの前で発表させるという刑つきです。
 楽譜を見ながら吹くということはできないので、ドレミのメロディを暗記、指を動かす順番も覚えていきます。「ドラ」を覚え、「ドラファ」を覚えという風に。
 大人になった今だと、メロディの下に指使いを表す言葉か図を入れるなどの工夫も思いつくのですが、まだそこまで頭が回らず、他の子と同じようにやるしかありませんでした。
 
 1週間後、いよいよみんなの前で発表です。何とかひとつの曲の一部を吹いてみせた私を先生は不自然なくらい大げさにほめました。
「やればできるじゃない、一生懸命やったよ、自信持てたでしょ」
自信ですか。あれだけ練習してこれでは、もう絶望しかありません。
「○○さんにお礼を言いなさい」
クラスのみんなの前で、1週間練習につき合ってくれた子に
「ありがとうございます」
と頭を下げました。つき合ってくれた子には迷惑かけたとは思いましたが私は達成感も何もありませんでした。
 この調子で他の子と同じように吹けることを要求されたら、他のことが何もできません。この1週間限定の瞬間最大風速だったから、他のことは全部投げ出して縦笛だけを練習し続けることができたのです。
 
 将来縦笛専門の音楽家を目指そうというなら別ですが、どう考えても楽器演奏を職業または趣味にできるとは思えませんでした。それなのに自分の全精力を費やしたくありません。この辺のことは一部の人の癇に障るらしく、
「やればできるのにやろうとしないだけ」
という説教を招きます。縦笛以外の全ての生活も勉強も趣味も犠牲にして、縦笛だけは何とか人並みになれたとしても、そのせいで力を注げない他のことを持ち出され、またそのことについて
「やればできるのにやろうとしないだけ」
と説教されることでしょう。全てのことに全精力を注ぐことはできません。ひとつひとつ取り出せば、
「本当に一生懸命やればできる」
としても。
 
 幸い先生も多少懲りたのか、私に人並みの演奏能力を求めなくなり、クラスメートもそれを認めてもくれました。そう考えると、あの儀式も無駄ではありませんでした。
 
 
 3月18日の記事。縦笛と書いたのが恥ずかしいです。リコーダーと書かないと。先生としては、とにかく1回でも成功体験を積ませて自信を持たせようという教育的措置だったのでしょう。人の何倍も時間をかけてやっとできた時、普通人は感動するものなんでしょうか。私はこれをこれから先ずーっと要求されたらたまらないという恐怖があったばかりでした。
 楽器演奏が楽しめる人ならできてうれしい、という気持ちもあるかも知れませんが、私には苦行でした。こうして楽器の話を書いても説教されなくなったことには、達成感があります。
 楽器ができるよりも大事なことは、楽器ができないと書ける自由があること。