週刊モーニングで連載していたこの漫画が他誌に移籍するそうですが、私はてっきり、前の精神科編に抗議が殺到して出版社が対処しきれなくなったんだと思いました。報道だと金銭的問題だそうです。
 精神科編は私も毎週立ち読みしましたが、最後何の解決もないままでした。解決しようもないのですけど。あの患者カップルは幸せになれるのでしょうか。私はAS診断済だったので、いろいろ考えさせられました。患者にも、患者に冷たい世間にも感情移入しました。
 
 異質はどこまで受け入れられるか、と考える時、受け入れられなければ近づかない、というのを前のブログ文化論の時やりました。自分が共存できないと考える人間には近づかない、が原則ではあるけれど、どうしても許されない人間は死ぬしかないのか、と問われると難しい問題です。さすがに全てが受け入れられるとは思いません。
 某宗教の信者が部屋を貸してもらえなかったり、子女が学校に通えなかったりした報道がありました。幼児対象の性犯罪者の出所後の情報は公にされるべきだという論があります。私もそう思います。
 
 それはいじめられっ子を排除するいじめっ子と違うのか。もし、お前は秩序を乱す危険な人間だから消えろ、と言われたら。私は何も悪いことをしていない。お前がしていなくても外から見ると悪いことなんだよ。
 グルグルモードに陥ります。秩序の維持か、フラットで理想的な世界か。1人の人間の権利か、大勢の人間の権利か。自己を破壊するか、他者を破壊するか。社会秩序はできるだけ多くの人が安全に、幸せに暮らすためにあります。
 システムを整えた上で、理解を広げた上で、それでもギリギリの選択がなされる、その時、私もまた他者を排除する側にまわることもあるのでしょう。社会は選ばれた人間のためだけのものではないという原則と、排除する側となった事実は決して忘れてはいけません。法律的なことなど、きちんとした基準は必要です。
 
 関係ありませんが、8歳で行方不明になった少女が19年ぶりに密林で野生化した状態で見つかったというニュースがありました。(本当かよ)
 私がもし社会秩序の維持のために人間社会を排除されるなら、密林か無人島で野生化することも検討します。(できるのか?)ドラえもんののび太君は無人島で10年暮らしたそうですが、かなりたくましいです。私すぐ感染症にかかって死んじゃいそうです。
 
 
 1月20日の記事。異文化交流議論やっていますと、差別する側の自分を強く意識します。今日、放火や強姦で400件くらいの罪を犯して、本人も出たらまたやるだろうと言っている人が、死刑でなく無期懲役になったというニュースをやっていましたが、こういう人を社会として受け入れられるのかというと、全ての人に差別なくフラットであろうとすることは難しいと思えます。自分が差別される側になった時のことを考えると悩みますが。