ようやく最終回でしたが、やはり詰めこみ過ぎな印象でした。最終回はグループホームへ行く、と決まっているならもっと伏線あってもよかったし、せめて主人公がグループホームを見学するシーンくらいないと唐突過ぎます。
といっても、グループホームシーンの撮影が難しそうな気はします。他にも自閉症を演じる俳優を複数そろえないといけないし、ちょっとした暮らしぶりでそれを視聴者にわからせるというのはなかなか大変です。
といっても、グループホームシーンの撮影が難しそうな気はします。他にも自閉症を演じる俳優を複数そろえないといけないし、ちょっとした暮らしぶりでそれを視聴者にわからせるというのはなかなか大変です。
トビが自分で羽ばたかずに上昇気流に乗って飛び立つのを、自立の難しい主人公が周囲の支えを受けながら自立していく姿の例えに使ったのはいいのですが、これも伏線がないと上手に感動できないではありませんか。最終回だから感動しようとハンカチ用意して待っていましたのに。それとも私が伏線に気づいていないだけとか。
連続ドラマを1日も欠かさず見るのはエネルギーが要りましたが、見てよかったです。主人公が短期間に成長しすぎという話もありますが、あれだけ恵まれた環境ならそれなりに成長するでしょう。自閉症は分野による知能の格差が大きいので、知的障害を伴っていても分野によっては健常者並もしくはそれ以上の能力を発揮することがあります。説教族が
「厳しくするのが本当の優しさだ」
と訳わかんないこと言いながら登場してメチャメチャにしないところが幸いしました。
「厳しくするのが本当の優しさだ」
と訳わかんないこと言いながら登場してメチャメチャにしないところが幸いしました。
さすがに、自転車レース中の主要メンバーの回想シーンは泣かせる演出でした。
「知的障害者は周りの人に優しさを与えるために生まれてくる」
という話のようです。同じ時期のドラマ「14才の母」のサブタイトルか何かに
「愛するために生まれてきた」
というのがあったような記憶があります。
「~のために生まれてきた」
という言葉は好きです。私の一番好きなラストシーンはめぞん一刻という漫画のラスト近くの結婚式で、ヒロインが前のご主人のお父さんに
「あんたはこの日のために生まれてきたんだよ」
と言われるシーンです。
「知的障害者は周りの人に優しさを与えるために生まれてくる」
という話のようです。同じ時期のドラマ「14才の母」のサブタイトルか何かに
「愛するために生まれてきた」
というのがあったような記憶があります。
「~のために生まれてきた」
という言葉は好きです。私の一番好きなラストシーンはめぞん一刻という漫画のラスト近くの結婚式で、ヒロインが前のご主人のお父さんに
「あんたはこの日のために生まれてきたんだよ」
と言われるシーンです。
僕の歩く道というドラマに私がサブタイトルをつけるとしたら、
「人は人に優しくするために生まれてきた」
というところでしょうか。「厳しくするのが本当の優しさだ」という話は除きます。
「人は人に優しくするために生まれてきた」
というところでしょうか。「厳しくするのが本当の優しさだ」という話は除きます。
12月21日の記事。説教するために生まれてきたとしたら人生は空しいです。異文化交流議論でも、優しさは大テーマです。