異文化接触の3段階をさらに修正。
第1段階 : 驚き、感動、恐怖、怒り・・・ (感情、生理的作用)
↓ ↓ ↓
第2段階 : 無視 ⇔ 交流 ⇔ 敵対 ⇔ 無視 (理性が感情に作用)
↓↑ ↓↑ ↓↑
第3段階 : 無関心、調和、戦い (融合、共存、排除、変化なしへ向かう)
↓ ↓ ↓
第2段階 : 無視 ⇔ 交流 ⇔ 敵対 ⇔ 無視 (理性が感情に作用)
↓↑ ↓↑ ↓↑
第3段階 : 無関心、調和、戦い (融合、共存、排除、変化なしへ向かう)
※↓↑=知識・経験の量 ⇔不安 ( )内はみつくるさんの記事
による。
3段階の動きとは別に、自己から見た他者の位置づけを、きーさんの記事
からキーワードを拝借して作成。
自己から見た他者の位置づけ
1 尊敬関係(上上) → 交流へ
2 対等関係(中中) → 交流へ
3 師弟関係(上下) → 交流、敵対へ
4 軽蔑関係(下下) → 無視、敵対へ
1 尊敬関係(上上) → 交流へ
2 対等関係(中中) → 交流へ
3 師弟関係(上下) → 交流、敵対へ
4 軽蔑関係(下下) → 無視、敵対へ
軽蔑関係という言葉がきつすぎますが、他と重ならない適当なワードが思いつかないので取り合えずこれで。師弟関係は上司と部下、教師と生徒のように立場がはっきりした位置づけなら問題ない(お互いに齟齬がないという意味で)ですが、説教族の時のように一方が師弟関係を持ちこもうとしてももう一方がそうでない場合は敵対につながります。
好悪の感情と置き換えてもいいのですが、私の趣味で「尊敬」を使います。尊敬は、異文化理解のキーワードと考えるからです。
第1段階で驚き、感動、恐怖、怒り・・・を覚えた時、感情的に
「おー、すげー」
と尊敬(好意)の方向に向かうか、
「何だこいつ、わかってないんじゃないの」
と軽蔑(嫌悪)の方向に向かうか、
「自分にもそういうところある」
と共通点を見つける(対等)の方向に向かうかで、最初の立ち位置が決まるでしょう。第2段階で、理性の助力を得ながら変化していきます。
第1段階で驚き、感動、恐怖、怒り・・・を覚えた時、感情的に
「おー、すげー」
と尊敬(好意)の方向に向かうか、
「何だこいつ、わかってないんじゃないの」
と軽蔑(嫌悪)の方向に向かうか、
「自分にもそういうところある」
と共通点を見つける(対等)の方向に向かうかで、最初の立ち位置が決まるでしょう。第2段階で、理性の助力を得ながら変化していきます。
コミュニケーションの王道は
「似たところを見つける」「似た人と近づくようにする」
なんですが、尊敬するのは自分とは違う部分になります。
健常者と障害者が接する時、健常者側が多少上から目線になるのは仕方ないのですが、ドラマ「僕の歩く道」では、主人公の異質に対して周囲が尊敬の念も寄せていて、それがよい関係につながっていく様子が描かれています。
尊敬する人との交流は、自分を成長させてくれる刺激的な間柄でもあります。今、この議論に参加している4人の友人たちのように。そして他の多くの、個性的な友人たちも。
「似たところを見つける」「似た人と近づくようにする」
なんですが、尊敬するのは自分とは違う部分になります。
健常者と障害者が接する時、健常者側が多少上から目線になるのは仕方ないのですが、ドラマ「僕の歩く道」では、主人公の異質に対して周囲が尊敬の念も寄せていて、それがよい関係につながっていく様子が描かれています。
尊敬する人との交流は、自分を成長させてくれる刺激的な間柄でもあります。今、この議論に参加している4人の友人たちのように。そして他の多くの、個性的な友人たちも。
12月10日の記事。よく見たら更新5日ぶりでした。特別忙しかった訳ではありませんが、この系統の記事を書くのは時間かかります。他の参加者も更新ゆっくりめになってしまいました。その間に他の企画も始めてしまったのでネット界的には多忙。