一昨日、テレビドラマ「僕の歩く道」第6話のこと を書いたのですが、この回のメインである、自閉症の息子を受け入れられずに離婚したお父さんのことに全く触れていませんでした。
 ここは感動するところだというのはわかりますが、複雑で書きづらかったのです。うん、何かね、今いじめ自殺問題が新聞、テレビ、ネット上を賑わしていますが、あれで
「辛かったら逃げてもいいんだ」
という話が出てきますね。それは賛成ですが、だったらこのお父さんも逃げていい訳ですね。
 
 それとも、いじめの被害者と人の子の親は責任の度合いが違うということでしょうか。やっぱり親になるのは大変です。私は駄目だな。
 見ていないけど「14歳の母」というドラマがあります。その主人公は、自分に子供がいてなおかつ学校ではいじめられっ子である、というシチュエーションもあり得ますね。いじめからは逃げていいけど子供から逃げてはいけませんね。
 
 多分変なこと書いているな自分。どんなに世間から罵倒されようと
「生きて生きて生き抜く」
ことが、人にとっては最優先です。これは他人なんかより自分が大事、というエゴと隣り合わせです。
「他人に何と言われようと」
という条件がつきます。
 いじめられた子には同情的でも登校拒否やニートに厳しい人は普通にいそうです。学校から逃げる、ということは、その逃げたことを背負って生きることでもあります。
 
 迷惑をかけたっていい、他人を傷つけたっていい、それでも生きるというエゴを通すことは悪いことではないのだ、などと書くとまた説教族に襲撃されそうです。
「他人に迷惑をかけてはいけない」「嘘をついてはいけない」
は2大教育方針みたいですが、どっちも本気にするとえらいことになります。
「迷惑をかけてはいけないという気概が欲しい」「嘘をつかないという気概が欲しい」
くらいにとどめておかないとです。
 
 なお、「エスケイプ」というタイトルは少女コマンドーIZUMI の挿入歌のタイトルから取ったので、エスケープが正しいですというコメントはしないで下さい。変換したら、「辞書にない単語が含まれています」と叱られてしまいました。
 
 
 11月18日の記事。「逃げていいんだ、学校になんか行かなくていいんだ」という報道に一抹の違和感を感じて。それなら登校拒否やニートを批判してはいけません。いじめっ子を出席停止にするという話もありますが、私は集団でボコボコにされている時に一発でも殴り返すと私が先に暴力を振るったかのように言われたので、陥れられて無実のいじめっ子が出る可能性もあります。
 個人的には警察が介入して、嘘をついたことが後でわかったら偽証罪で逮捕すると言えば周りの同級生も本当のことを証言するだろうと思います。なお、私がそう思うだけで、違う意見の人を否定するものではありません。