「かく生きるべしという理想からではなく、かく生きているという現実から手がかりを引き出すべき」(再引用)
とはいいこと言うと思ったのですが、この人の残した言葉はまさに悪語です。
「人民は優しく手なずけるか、さもなくば抹殺してしまうかだ」
「隣国を援助する国は滅びる」
「隣国を援助する国は滅びる」
この部分だけ取り出すととんでもありませんが
「君主は人格者である」「君主は徳が高い」「君主に必要な資質は気概だ」
などという、当時流行っていたらしいお間抜けな理想論に比べて
「だからどうすればいいのか」
という、はるかにわかりやすい真実を述べています。
「君主は人格者である」「君主は徳が高い」「君主に必要な資質は気概だ」
などという、当時流行っていたらしいお間抜けな理想論に比べて
「だからどうすればいいのか」
という、はるかにわかりやすい真実を述べています。
近年でこそ見直されていますが、生存中は追放されるは著書は禁書になるはろくな目に合わなかったようです。当時の識者も
「気概が欲しいということです」
と怒ったに違いありません。迫害されながらも多くの支持者が当時も存在したのは、悪語に隠された真実が読み取れたからでしょう。
「気概が欲しいということです」
と怒ったに違いありません。迫害されながらも多くの支持者が当時も存在したのは、悪語に隠された真実が読み取れたからでしょう。
私も死後見直されるでしょうか。(無理だな)マキャべリは
「現実主義」「目的のためなら手段を選ばない」
と言われますが、どちらかというと理想主義者なんではと受け取りました。理想があっても、ただ理想を語るだけで、今現在との間がぽっかり空いていては存在しないのと同じです。
たどりつけなければどこかで妥協するか、ゴールを変える必要も出てくるでしょう。そこには気概が欲しいということですな立派な思想はないかも知れません。私は残念ながら立派な人間ではなく、気概なるものも持っていないのかも知れませんが、自分のできることを一生懸命やって生きていきたいです。(善語でシメる)
「現実主義」「目的のためなら手段を選ばない」
と言われますが、どちらかというと理想主義者なんではと受け取りました。理想があっても、ただ理想を語るだけで、今現在との間がぽっかり空いていては存在しないのと同じです。
たどりつけなければどこかで妥協するか、ゴールを変える必要も出てくるでしょう。そこには気概が欲しいということですな立派な思想はないかも知れません。私は残念ながら立派な人間ではなく、気概なるものも持っていないのかも知れませんが、自分のできることを一生懸命やって生きていきたいです。(善語でシメる)
11月12日の記事。「説教族は優しく手なづけるか、さもなくば抹殺してしまうかだ」
本当はマキャヴェッリというらしいですが、発音しづらそうです。
Yahoo版のブログタイトルを変更して半年、同じ記事を写しているのに、別なテーマになったように雰囲気が異なってきました。変える時は散々迷いましたが変えてよかったです。こちらはこちらで大事にしたいとは思いますが。