社会人になって2~3年もすると、さすがの私にも後輩ができて仕事を教えたり、パートさんに仕事をお願いする場面も出てきました。当時の
「人に仕事を教える」
時のサンプルは、最初の上司や先輩でした。私は後輩やパートさんに、彼らが私に対してしたのと同じように接したのです。それが私にとって唯一の、生きた社会人サンプルで、そういうものだと思っていました。
 
 後輩たちは私の言葉に反発し、泣き出し、言うことを聞いてくれなくなりました。それに対して、私は自分が上司に言われたのと同じように
「社会人でしょう、お給料もらっているのにそんなことですねるなんて、こっちが給料払って欲しい」
と罵倒した訳です。(ひでえ)
 それで、私は自分の上司(最初の上司とは別人)にさらに怒られるのですが、とうてい納得できることではありませんでした。復讐とか八つ当たりといった意識はなく、そう振舞うのが正しい、そうしなければならないと思っていたのです。そうしてはいけないのであればどうしていいかわかりません。私がいけないのなら、元上司たちだっていけなかったはずです。彼らがよくて私がいけない理由が理解できませんでした。
 
 幼稚園の頃から
「○○したら友達Aに殴られた、だから友達Bが○○したら私は友達Bを殴るのが正しい」
と思っていたら、私だけが怒られて理不尽な思いをしてきましたが、社会人になっても同じことをしていました。
 この辺のメカニズムは深く考えるとさらにわからなくなるので
「他の人は私を罵倒しても殴っても蹴ってもいいが、私は他の人にそうしてはいけない」
というルールで強引に納得するしかありませんでした。(私から見た一方的な世界です)
 
 多分、私が気づかずに何かしているか、あるいは必要なことをしていないのでしょう。謎を解くキーワードは自尊心。誰でも自分を尊重して欲しいのです。上司でも部下でも先輩でも後輩でも年上でも年下でも。
 私が上司を尊重する気持ちを非言語コミュニケーションで伝えることができないまま、後輩の気持ちを受け取れないまま、表面上の行動だけ真似をしていたのでした。
 
 なお、
「それはそういう理由ではないと思います」「誰だって○○です」
というコメントはしないで下さい。
 
 
 9月21日の記事。投稿した時は、誰かに怒られるのではないかと怖かったのです。