小学校の頃愛用していたジャポニカ学習帳の最後のページにこんな話が載っていました。
 
 ミケランジェロがダビデの像を彫って王様に見せました。王様には自分の趣味のよさを自慢する癖がありました。そこで
「ミケランジェロ君、大変良い出来だが、ダビデの鼻が少々高すぎはしないかね」
と言いました。
 ミケランジェロはハシゴに登り、ダビデ像の鼻の近くで彫刻刀を鳴らし、手のひらに握っていた削りくずをパラパラと落としました。
「いかがでしょう王様」
「うむ、これでよくなった。まるで生きているようだ」
ミケランジェロは微笑みながらハシゴを降りました。
 
 私の記憶なので文章は正確ではありませんが、おおむねこんな内容です。読んだ時は
「お馬鹿な王様ねー」
くらいでしたが、ここには社会を生き抜く重要な教訓が含まれています。さすがジャポニカ学習帳です。
 この王様のような上司はたくさんいます。小学校でこれほど重要な教訓を教わっていながら、王様との戦いに役立てていませんでした。
 
 王様は何かひとつ必ず「指導」しようとします。王様が私の仕事をよく知らない時起こります。人事異動で上司が入れ替わると仕事内容については私の方が詳しいのに、教えている最中に
「こうした方がいいよ」
とか何とか、どうでもいい一言がつきます。私はルールを臨機応変に変えられないので、ルールを変えるなら変えるように、臨まなければなりません。
「今まではこうしていたんですけど今度からこのようにするということでしょうか」
「このケースではどうでしょう」
「前にこんなことがあったんですけど」
感じ悪いですね。向こうはその場の思いつきで言っているだけなのに、言われた以上そうしなければならないと思いこみます。しかしこの
「こうした方がいいよ」
は後であっさり変わります。それはそうでしょう。その場で思いついただけですから。
「この前こうしろと言われたからこうしたんですが変わったのでしょうか。前とどう違うのでしょうか」
ミケランジェロのように鼻削ったふりしていればいいのにわかっていません。
 上司だって部下に仕事教わるの嫌なんだから、上司らしく偉そうにさせてあげないといけないのに、ルール変更に順応しなければとパニクっていたのでした。
 
 
 8月2日の記事。私の人間ができていないから(だけ)ではなくて、人は教わるよりは教える方になりたいんですね。だから目下の人やよく知らない人にものを教えられるとカチンとくるのです。