シミュレーションさえしていればハプニングにも対処できますから、仕事で頻度の高いハプニングについては型を持っています。業務上生じるハプニングはたいていは予想のつくものです。それに、仕事中にパニクってはいかんとも固く考えています。
しかしパニクっていないがゆえに怒られることもあります。
「事の重大さがわかっていない」
とか。冷静であることが鼻につくような。
しかしパニクっていないがゆえに怒られることもあります。
「事の重大さがわかっていない」
とか。冷静であることが鼻につくような。
そういう時はびっくりしないといけないのだなと、トラブルがあったらびっくりするように心がけると、今度はびっくりの仕方がおかしいと怒られます。
人は普通、びっくりする時に、頬に両手をあてて息を飲んだりシェーのポーズを取ったりしないのです。漫画やアニメを参考にしたびっくりは、学生時代までなら面白い人で済んでも、会社によっては20代まではどうにか許されても、30歳過ぎたらきついものがあります。普段、無表情で落ち着いた感じの人なイメージを与えているとなおさら。
「事の重大さがわかっていないと言われたのでびっくりしないといけないと思ったのですがどうびっくりすればいいのでしょうか」
と聞いてさらに怒られます。
人は普通、びっくりする時に、頬に両手をあてて息を飲んだりシェーのポーズを取ったりしないのです。漫画やアニメを参考にしたびっくりは、学生時代までなら面白い人で済んでも、会社によっては20代まではどうにか許されても、30歳過ぎたらきついものがあります。普段、無表情で落ち着いた感じの人なイメージを与えているとなおさら。
「事の重大さがわかっていないと言われたのでびっくりしないといけないと思ったのですがどうびっくりすればいいのでしょうか」
と聞いてさらに怒られます。
まだ非言語コミュニケーションの存在を知らないので、他の人が一見冷静に見えても
「私は今、事の重大さにあわてております」
という信号をどこかから自動発信していることを知りません。
社会では、ハプニングに落ち着いて対処できるだけでは全然駄目で、適切に怒り、驚き、喜び、悲しみ、びっくりしていることを示す信号を、どこかから発しないといけないのです。
「私は今、事の重大さにあわてております」
という信号をどこかから自動発信していることを知りません。
社会では、ハプニングに落ち着いて対処できるだけでは全然駄目で、適切に怒り、驚き、喜び、悲しみ、びっくりしていることを示す信号を、どこかから発しないといけないのです。
追記:消しちゃったけど、喜怒哀楽は自然ににじみでるものです、誠意さえあれば、みたいなコメントがつきました。誰でもこうだ、こうであるはず、そういう「常識」が世界を生きにくくしていることが、もっと重大だ。
6月14日の記事。この記事はYahooではめずらしく、複数の否定コメントが入りました。(消したが)否定したくなる要素が多いのでしょう。自分の返信コメントをひとつ、写しておきます。
小説の感情表現はわかりますよ。小説に限らず漫画でもアニメでも、感情表現を司る文法があり、それを大幅に外すとリアリティがなくなり、誰にとってもわかりにくいものになります。小説等で感情表現に使われる動作を実際に使ってみても駄目だということに気づいたのは診断後です。上のシェーですら、驚きを表す動作としては間違っていないと思っていましたから。感想文の定番で「主人公のように生きていきたい」というのがありますが、主人公というのは行動が過激なので、本気にして真似すると大変なことになります。