「本当の」が頭につくとそれだけで胡散臭そうです。
「私はお前の本当の親ではない」
ならわかりますが、
「本当の恋ではない」
「本当の優しさではない」
あたりは何だか意味わかりません。本当かそうでないかをどこで区別するのでしょう。他の人の「本当」は私の「本当」と意味違うみたいだし。
「私はお前の本当の親ではない」
ならわかりますが、
「本当の恋ではない」
「本当の優しさではない」
あたりは何だか意味わかりません。本当かそうでないかをどこで区別するのでしょう。他の人の「本当」は私の「本当」と意味違うみたいだし。
極めつけはもちろん、呪いの予言。
「あなたは本当はこの自己啓発講座を受けたいと思っているのよ」
思っていません。私は「本当に」受けたくないんですが。
「本当は」
って逆らえない響きです。
「自分の心をごまかしているだけ」
と決めつけられたら違うことをどうやって証明しろと。つーかそっちが証明しろよ。
私の心は私自身のものです。こんなことにジョハリの4つの窓なんか持ち出されても、ジョハリも迷惑でしょう。
「あなたは本当はこの自己啓発講座を受けたいと思っているのよ」
思っていません。私は「本当に」受けたくないんですが。
「本当は」
って逆らえない響きです。
「自分の心をごまかしているだけ」
と決めつけられたら違うことをどうやって証明しろと。つーかそっちが証明しろよ。
私の心は私自身のものです。こんなことにジョハリの4つの窓なんか持ち出されても、ジョハリも迷惑でしょう。
少女漫画では
「お前は本当は俺を好きなんだ」
というワルっぽいイケメンが登場し、ヒロインはそれを最初否定するけど、やがて自分の気持ちに気づく、みたいな話があるけど、それ、ぜってーだまされています。
こういうのがあるから
「本当は○○」
と言われると
「もしかしてそうかも」
というよからぬ考えがよぎるのではありませんか。呪いの予言者はすかさず
「それこそが本当なのです」
と畳みかけます。便利な言葉ではありますけど。
「お前は本当は俺を好きなんだ」
というワルっぽいイケメンが登場し、ヒロインはそれを最初否定するけど、やがて自分の気持ちに気づく、みたいな話があるけど、それ、ぜってーだまされています。
こういうのがあるから
「本当は○○」
と言われると
「もしかしてそうかも」
というよからぬ考えがよぎるのではありませんか。呪いの予言者はすかさず
「それこそが本当なのです」
と畳みかけます。便利な言葉ではありますけど。
5月26日の記事。自分の知らない自分の心があるという話は怖いです。
「本当はあなたはこう思っている」
と言われたら逆らえなくなります。しかし自分に見える心だって私の心です。偽物ではありません。