コメントの返信を考えながら、いろいろ思いつくことがあったので、昨日の補足を兼ねてつらつらと。
ここに書いていることは私の世界から見た一方的な見方なので、他の人から見ると違う風に写ると思います。かんさつ日記 R氏のように。あそこまでひどくない、とは思いますが。
ここに書いていることは私の世界から見た一方的な見方なので、他の人から見ると違う風に写ると思います。かんさつ日記 R氏のように。あそこまでひどくない、とは思いますが。
昨日の記事「申し訳ございません
」も、言い訳は反省がないように見えたでしょうし、何があっても機械的に謝罪するだけなのも誠実さがないように見えたでしょう。
それをカバーする非言語コミュニケーション能力(言葉はつたなくても、誠実さや一生懸命さや人間味を感じさせる表情、発音、空気を作り出す力)も私には欠けていました。
機械がしゃべっているような、あるいはヒステリックに叫んでいるような、極端な表現能力しかないのでは、
「本当に一生懸命かどうかは見ればわかる」
と信じる人たちには通用しません。
それをカバーする非言語コミュニケーション能力(言葉はつたなくても、誠実さや一生懸命さや人間味を感じさせる表情、発音、空気を作り出す力)も私には欠けていました。
機械がしゃべっているような、あるいはヒステリックに叫んでいるような、極端な表現能力しかないのでは、
「本当に一生懸命かどうかは見ればわかる」
と信じる人たちには通用しません。
「この前はこう言われたのでこうしたんですが今回はこうしてはいけなかったんですね。どこがこの前とは違っていたのでしょう」
こんなこと言ったら普通は怒りますね。次に同じ失敗をしないための「検証」は
「言い訳ばかり」「人のせいにしている」「逆らっている」「反省がない」
です。善語悪語ルール、否定会話ルール、自己PR語、言語を事実を伝える目的で使っていないの法則を知っていれば、せめて何がすれ違っているかわかったのですが。
検証しようとすれば人間関係を悪くする、検証しなければ同じ失敗を繰り返す、どうすることもできません。前門の虎、後門の狼、というのでしょうか。
こんなこと言ったら普通は怒りますね。次に同じ失敗をしないための「検証」は
「言い訳ばかり」「人のせいにしている」「逆らっている」「反省がない」
です。善語悪語ルール、否定会話ルール、自己PR語、言語を事実を伝える目的で使っていないの法則を知っていれば、せめて何がすれ違っているかわかったのですが。
検証しようとすれば人間関係を悪くする、検証しなければ同じ失敗を繰り返す、どうすることもできません。前門の虎、後門の狼、というのでしょうか。
昔の出来事を書きながら、世界が私をどう見ていたかを知っていきます。過去の自分の記事を読み返すと、まだ非言語コミュニケーションがどんなものか知らなかった頃書いたことが結構間抜けです。
5月3日の記事。ゴールデンウィークど真ん中なのに家でずーっと平塚5遺体事件(もう誰も覚えていないな)のニュースを追っていました。今日は七夕ですね。だからどうという訳ではありませんが。