お手数かけます 」でも書きましたが、私は人に間違いを指摘されるのが大嫌いなので、自分が人に間違いを指摘する時は(私なりに)気を使います。例えば、相手が日付を間違っていると思っても
「日付違いますよ」
と言うのは相手が間違っていると決めつけ、見下しているようでよくないので
「こちらの予定表では違う日付になっていますが、変更があったのでしょうか」
と言います。奥ゆかしくて遠まわしでよいと自分では思っていたのですが、最近の言語研究から推測すると、場面によっては嫌味に聞こえたかも知れません。
 
 私も本当は説教族のように
「自分は絶対正しい」
と信じて生きたいのです。
「呪いの予言があたるかも」「私が間違っているかも」
グラグラになりかける心を叱咤激励し、
「絶対に、私が正しい」
と言い聞かせます。疑おうと思ったら全てが、自己の存在すら疑わしくなります。
 ほとんどの人がそう信じて日々を生きているのに、そのことは例外なく非難されます。
「自分だけが正しいと思って」
多分普通は思っているだけで、言葉にはしないのでしょう。考えたことをそのまま口にしていたからいけないのです。
 
 天動説が正しい、と言い張られたら、私はどうやって地動説を証明したらいいのでしょう。私は地球が動いているのを1度も見たことがありません。本に書いてあった、というだけでは笑い者です。
「本に書いてあることはみんな正しいと信じちゃっているのねクスッ」
と蹴り飛ばしたくなることを言われます。
 科学的なことなら証明は可能だと言われそうですが、こういう人たちに理屈など通用しません。どんなに証明を積み重ねたって、
「絶対正しいと言い切れるの」「見たの」
だけ。こちらが何とか歩み寄ろうとすると勝ち誇ったように
「さっき言ったことと違うじゃない。自分が矛盾しているって気づいている?」
そして捨て台詞に、呪いの予言。
(もしかしたら私が間違っているのかも)
とグラグラし始めます。混乱を救うのはただひとつ
「地動説が正しい」
という根拠のない自信です。
 
 他の考えを受け付けない、と私たちは非難されますが、何もかも受け付けていたら混乱しておかしくなりませんか。受け入れろ受け入れろとゴチャゴチャ押しこまれるとうわーっと放り出したくなります。
 
 
 4月20日の記事。天動説は単なる例えなので
「地動説は証明できます」
というコメントはしないで下さい。宇宙的規模の話になりますし、素人が証明する時は文献を引っ張ってくることを避けられません。他人を支配したいだけの相手に、まともに証明を試みても徒労になるだけです。