かわいそうな人=性格の悪い人説検証中ですが、これはさらにひねって
「私はあなたより性格が良い」
という意味の自己PR語と見ることもできます。こんなにひねらないと解読できない言語を皆様普段お使いなのですね。
他人を性格が悪いと言うからには自分はそれより良いと思っている訳で、そのさりげなく自慢している部分がより感じ悪い訳です。その証拠に
「あなたはかわいそうな人ね。私ほどじゃないけど」
とするとぐっと感じの悪さが減少します。感じよくなるほどではありませんが。逆に不幸自慢ぽく聞こえるかも知れません。
「あなたって性格悪い、私ほどじゃないけど」
なら文句なしですか。これもあまり繰り返すとテクニックっぽくなりますね。
問 「かわいそうな人」を使って短文を作りましょう。
答 他者を攻撃することでしか自我を保てないとは、何とかわいそうな人でしょう。
うわ、感じ悪い。傲慢。見下している感満載です。全然かわいそうに思っていないし。
同情もかわいそうも悪い言葉ではなく、人の心の温かみを表す言葉のはずなのに、ここまで汚されてしまうと、もう本来の意味には戻せないようです。
同情されたくない=馬鹿にされたくない
かわいそうとは思われたくない=性格悪いと思われたくない
説教族だと、
「人は同情されたくない、かわいそうだと思われたくない、と考えなければならない」
と押し付けそうです。私ももちろん、同情されたくないしかわいそうとは思われたくありません。かっこいいですか。
3月23日の記事。コメント欄には古文に方言まで登場し、盛り上がりましたが、お子さんがASの方の
「かわいそうだと思われるのは嫌、同情するなら理解しろと言いたい」
というコメントを削除しました。同情(相手の気持ちになる)せずにどう理解すればいいのでしょう。何度も書きますが
「かわいそうだと思うな」
は
「いじめてくれ」
に見えるんですが。同情するなとか理解しろとか、あまりに思考に制限加えられるとどう考えていいかわかりません。